ページ

2011年9月19日月曜日

剣の戦士団・10

「ねーねー、もうひとつ聞きたいんだけど」
黙ったまま、しかし興味津々でその場のやりとりを眺めていたウェンディーネがぴょこんと手を上げる。
「どの塔に、どの色の戦士がいるかって分かる?」
問われて、ザードは額に手を当て、しばらく考えていたが、やがて首を横に振った。
「すまんな、どの塔を誰が守っているかは今は分からん……もうだいぶ、昔の記憶も曖昧でな。私も、調子の良い時でなければ、こうして長時間正気を保って話をする事も出来んのだよ」
「そっかぁ……じゃあしょーがないね」
軽く答えるウェンディーネは別にそれ以上文句を言いはしなかった。確かにそれぞれの戦士の戦い方は違うため、誰に会うか事前に分かっていれば心構えも出来たかもしれない。もっとも、誰に会ってもおそらく勝てないであろう事は疑う余地がない。



「……さて、私の時はそろそろ残りわずかのようだ」
静かにそう告げたかと思うと、ザードの姿は再びゆっくりと、だが確実に薄れ始めた。
「隊長達と首尾よく話す事が出来たら、よろしく伝えてくれ」
姿が薄れてゆくと共に、その声も徐々にかすれ、小さくなっていく。
「ザード様……安らかに、お眠りになれますか?」
ヴァルドの問いかけには、かすかに笑う気配だけが伝わって来た。
「さてなぁ……どのみち私は、神の元には行けまいよ。だが、お前がひとりで抱え込んでいる本当の姿を、きちんとさらけ出す事が出来るなら、私の思いも少しは軽くなるというものだ」
その言葉に対するヴァルドの逡巡に気付いたのだろう、もうあまり聞き取れないザードの声が続ける。
「本当の友と思える者にだけでも、な」
「……それは……難しい事です」
ザードを安心させなければならないと頭では分かっていても嘘はつけなくて、ヴァルドは正直に思った通りを口にした。
「ああ、そうだろうな……だがいつの日か、お前が心から信頼出来る者を見つけられる事を祈っているよ。どうかお前だけでも、真っ当に幸せに生きてくれ……」
ヴァルドは何か答えようとした。だが心の中に渦巻く思いを言葉に紡ぐ事が出来なくて、何を言う事も出来なかった。
ザードが安らかに眠る事が出来たかどうかは分からない。ただ、その存在は、この場から消滅した。
言葉の代わりにヴァルドの瞳に浮かんだ涙がすーっと一筋、頬を伝って落ちる。
「……師匠も……あの時、俺に同じ事をっ……!」
一度流れ出した涙は堰を切ったように後からあふれ、抑えようとしても声が震えた。そのままその場に膝をつき、唇を噛みしめたままただぼろぼろと涙をこぼすヴァルドに、カサンドラもサフィールも何も言葉をかけられなかった。

だが、それもそう長くは続かなかった。
突如ウェンディーネがとてとてとヴァルドの傍まで歩いて行き、下からひょいっと顔を覗き込んだのだ。
「あれ~、ヴァルド泣いてるの~?」
いつもと全く変わらない、周囲の様子になどまるで頓着しない調子で問いかける。
「ねーねー、どーしたの~?ねーねー」
無邪気だが無神経なその様子に、さすがにカサンドラが「おやめなさい」と声をかけようとした途端。
ヴァルドが大きく息を吸い込むのが聞こえた、と思った次の瞬間、むんずとウェンディーネの頭を掴み、無言のままぐりぐりと握り拳をめり込ませているのが目に入った。
「痛い痛い、痛いってばぁ~!」
本気で悲鳴を上げているウェンディーネを放り出し、大きく息をついたヴァルドの口元に、やがてふっと笑みが浮かぶ。
それからヴァルドは、静かに語り始めた。
今まで誰にも話せずにいた自分の過去。死線を共にくぐり抜けてきたかつての仲間にさえも、明かす事の出来なかった胸の内を……


まだ物心つくかつかないかの頃から、俺は戦士団の中で暮らしてきた。戦場で親を失った俺にとって、戦士団こそが自分の居場所であり、皆が俺の家族だった。
蛮族との戦いが激しくなってきたあの頃……俺はまだ十をひとつかふたつ過ぎたくらいだったな。
俺はいつも、皆が戦いの後で酌み交わしている酒を羨望の眼差しで見つめていたものだ。いつか、あの酒が飲めるようになったら……そうしたら、俺も一人前だと認めてもらえる、そう思っていた。師匠について戦場に出た事は幾度かあった、実際に妖魔を斬った事もある……だが、まだ子供だった俺には、勿論誰も、一滴たりともあの酒を分けてはくれなかったからな。
ある日、俺は酒蔵に忍び込み、こっそりあの酒をくすねて飲んでみた。黒く泡立った酒は薬草のような独特の匂いがして、ためらった挙句に、杯いっぱい分を一息に喉に流し込んだ……
旨いとかまずいとか以前にそれは、今まで経験した事のない感覚だった。身体がバラバラに引きちぎられるような、息もつけないほどの苦痛。頭が割れるように痛み、頭の中が真っ白になって、そのまま俺は気を失った……
意識をなくして倒れている俺を見つけたのは、俺を可愛がってくれていた師匠……黒の剣士であるシュヴァルツ様だった。
師匠は何があったのかを知ると、俺を問いただし、厳しく叱責した。そして、あの酒がどんな物なのかを教えてくれた。
「こうなる前に、話しておくべきだった……いや、こうなる前に、お前を手放しておくべきだった」
実はもう、その時点で、次に街から離れる旅団が俺を一緒に連れて行くように、話がついていたのだという。ただ、俺が承知する訳がないから直前まで知らされずにいたのだと。
「あの酒に頼る事に決めてから、俺達はもう、狂ってきちまってる。まともじゃなくなってきてるんだ。戦場に出るのが恐怖ではなくなるように、あの酒の、耐え難い強い苦痛もそのうち慣れるもんだ…いや、そのうちそれが他の物には換えられない快感にさえ変わっていく。……まあ、穢れのせいばかりでもないんだがな……まともな神経じゃ、とてもこんな戦は続けてられるもんじゃない」
師匠は俺にそんなような事を言ったと思う。正直、その時の俺にはショックが強すぎて、あんまり正確に覚えてないんだけどな。
「だが、お前は違う。お前はまだ、ちゃんとした普通の生活に戻れるはずだ。ここを離れ、これからはひとりで生きて行くんだ。……お前は今日をもって、剣の戦士団を破門とする。二度と俺達の前に顔を見せるな」
師匠の言葉は厳しかったが、優しさに満ちていたのが分かった。それでも納得出来なくて、俺は泣いて抵抗した。勿論、許される訳もなく、結局最後には師匠の言い付けに従ってこの街を離れるしかなかった。
街の人々が全て無事に逃げ延び……戦士団が全滅した事を知ったのはそれから間もなくだ……
俺は、皆がどんな思いで戦っていたのか知っている。街の人間が、ただ英雄と祭り上げるだけの戦士団が、どんな覚悟を持って戦っていたのかを。
だからこそ、事情を知らない人間に皆の最後の始末を任せる訳にはいかないと思った。
だから俺は、この遠征に参加したんだ……見習いとはいえ、剣の戦士団、唯一の生き残りとしてな……


話し終えたヴァルドは、先ほどまでの沈痛な面持ちではなくなっていたが、しばらく誰も言葉を発せずにいた。
「ああ、もう!」
突然、カサンドラが声を上げて立ち上がり、しんみりとした空気を吹き飛ばす。
「早く塔に行きましょう!何だか私、早く何とかしたくなっちゃった!」
カサンドラとしては塔の封印の話を聞いてから一貫して塔に行く事を主張しているのに延々と遠回りをしている訳で、早く解決しないと落ち着かないのかもしれない。ヴァルドはそう思い、カサンドラの剣幕に押されそうになりつつ、
「……あ、あぁそうだな、こうしている間にも、他の連中もどこかで封印の話を聞いてるかもしれない、そいつらが先に封印を解いたら、隊長達とはもう……」
「違うでしょ」
最後まで待たず、カサンドラがぴしゃりとヴァルドの言葉をさえぎった。
「こうしている間にも、あなたの家族が心を失っているままなのでしょう。それを取り戻しに行くのよ」
カサンドラの言葉には迷いがなく、その厳しい口調は優しさに満ちていた。
まるで、あの日の黒の剣士の言葉のように。

0 件のコメント:

コメントを投稿