「そうと決まれば、神殿であなた様方を保護させて頂きます」
カサンドラが進み出て言った。
「……神殿で、大丈夫なんですか?」
サフィールが横から水を差す。あえて多くは語らなかったが、サフィールの言いたい事はカサンドラにも分かった。通常、神に仕える神殿では、死者達の歪んだ生命そのものが許容されるはずがない。むしろ問答無用に排除されるべき存在だ。
だが、ことこの街のザイアの神殿に限って言えば、剣の戦士団は英雄として崇められているし、元々その死者達を鎮めようと発案したのは他ならぬ神殿なのだ。死者達の意向に反するような事はしないであろう。
「もしも反対された時は、私が全力で説得します」
きっぱりと言い切るカサンドラを、ヴァルドは言葉にならない感謝の思いで見つめていた。そのヴァルドの視線に気付いたのだろう、カサンドラが振り返って笑いかけてくる。
「大丈夫よ、きっとドーラなら分かってくれるし、手伝ってくれるわ」
信頼に満ちたその言葉に、ヴァルドは大きくうなずいた。カサンドラとドーラの関係や、神殿での立場は知らない。だが、少なくともカサンドラの事なら信じられる、それだけで十分だった。
「そうと決まれば……」
ヴァルドは言いながら、黒の剣士に歩み寄り、先ほど受け取った黒い鎧を着せ始めた。
「楯突くついでに、これはもう俺には必要ないから師匠に返します」
照れ隠しなのかぶっきらぼうにそう言い、ヴァルドはウェンディーネを指差した。
「ウサギ!お前もちゃんと、ヴァーミリオン様の鎧、返せよ」
「え~、返すの~?だってこれボクがもらったのにぃ」
ウェンディーネは不満そうにぷくっとふくれていたが、
「まあいーや、運ぶの重いから、また今度見せてもらいに行くね~」
と、あっさり武具一式から離れる。
「あ、では私も槍をお返ししなければ……」
カサンドラは白の騎士に白銀の槍を差し出したが、
「もうあなたにあげた物ですもの、返す必要はないのよ?もう私が使わなくても良くなったみたいだしね」
と、白の騎士は受け取ろうとはしない。
「でも、やっぱり頂く訳には参りません」
カサンドラの言葉に白の騎士はしばらく考えていたようだったが、
「じゃあ、もうしばらく私が預かっておくわ。いつかあなたが、自分がこの槍にふさわしいと思える日が来たらまた取りに来てちょうだい」
そう言って槍を受け取り、自分の白骨馬の背に乗せた。
「はい……ありがとうございます」
白の騎士に頭を下げ、カサンドラは仲間達の方を振り向いた。
「さあ、じゃあともかく戻りましょうか」
「夜までには戻れって言われてたもんね」
「もうとっくに、夜ですけどね……」
「今頃、行方不明として処理されているかもな」
そんな事を言い合いながらも、4人は歩き始める。誰もが疲れ切っているはずだが、心は軽く、明るい気持ちだった。
一行はそのまま外壁沿いに街の外を回って遠征軍の本陣まで戻る事にした。多少遠回りではあるが、まだ封印を全て解いていない以上、街中にはまだ話の通じない死者達もいるかもしれないし、逆に自分達以外の遠征軍によって全ての封印が解かれてしまったら、せっかく留まる事を決めてくれた3人の旗頭達もその場で消滅してしまうかもしれない。
帰りついた時にはすっかり夜も更けていたが、周囲はまだ慌ただしい雰囲気に包まれていた。封印をひとつ解いた事で、力の弱い死者達は既に消滅していたから、その異変によって何かが起こったらしいという事は伝わっていたようだ。
このまま全員で戻ると大騒ぎになる事が予想されたので、カサンドラだけが先に本陣に戻り、他の者は少し離れた所で待つ事にした。
一番戻るのが遅くなった小隊の、カサンドラひとりだけが戻って来たので周囲からの質問攻めにあったが、その説明もそこそこに、カサンドラは指揮官への直接の目通りを願い出た。指揮官というのはザイアの神殿の高司祭であり、この遠征軍を提言した人物の一人でもあった。
間もなく指揮官の天幕へ呼ばれたカサンドラは、事情を説明し、指揮官とその側近の司祭何人かを案内して他の者達が待つ場所へ戻った。
はじめはカサンドラの話に驚き、なかなか信じられないようだった指揮官達だったが、3人の旗頭達を見るやいなや、深々と頭を下げる。
「お久しゅうございます……ずいぶんと……お変わりになりましたね」
その言いようからすると、指揮官は3人の旗頭達と面識があるようだ。カサンドラの説明は特に問題はなく受け入れられ、旗頭達はその場で神殿での保護をすんなりと認められた。ただし、話が公になると反対する者や不安に思う者も出てくるであろうから、あくまで秘密裏に準備が進められ、旗頭達は人前には出て来ない事にするという条件がつく事で落ち着いた。
その日はもう夜も遅かったので、遠征軍はもう一晩この場に留まる事となった。
そして翌日、残る二つの剣の封印が解かれた。
カサンドラ達が直接封印を解きに向かった訳ではなく、他の者達が塔に赴く事となり、4人は都の入り口で街中の様子を見守った。
特に街中に変わった様子はないようだったが、封印を解きに向かった二組がそれぞれ無事に戻って来ると、ザイアの神官達による死者達への祈りと鎮魂の儀式が執り行われた。
その夜、滅びた都から星空へ向かって漂うように昇ってゆく、おびただしい数の青白い光が見られたという……
「てやあぁっ!」
気合いと共に振り下ろした大剣をやすやすとよけられ、ヴァルドは一歩踏み込んだ姿勢のまま目だけで相手の動きを追った。剣の攻撃はただの囮だ。本当に渾身の力を込めたのは、こちらの尻尾の一撃。
確実に捕らえた、と思った瞬間、わざとギリギリまでその尻尾を引きつけたらしい相手に身をかわされ、ヴァルドは今度こそ大きくバランスを崩して慌てて踏みとどまった。その直後、相手を視界から見失った事に気付く。
(……しまったっ……!)
そう思った時には既に遅く、背後に迫る殺気を感じた。今からではもう避けられない。
思わず体をこわばらせ、観念したヴァルドの頭をこつん、と剣の柄が打っていった。
「まだまだ、だな」
練習用の剣を手に悠然と立っている黒の剣士はそう言ってにやりと笑ったようだ。相変わらずその表情を読み取るのはなかなか難しいが、その黒の剣士にわざとらしく唇をとがらせて見せ、ヴァルドはそのまま石の床に座り込んだ。
「く~、今のは絶対もらったと思ったのに」
「そもそもな、お前は嘘をつくのが下手なんだ。今の、剣の方が囮なのはすぐ分かったぞ」
言いながら、黒の剣士もヴァルドの隣に腰を下ろす。
「えぇっ、俺、絶対バレてないと思ったんですけど」
「だから、お前はまだまだだというんだ」
別れてからの15年間にヴァルドはすっかり成長したというのに、未だ黒の剣士には子供扱いされる。それが気恥ずかしくもあり、奇妙に心地良くもあった。
廃墟ロンダルの剣の封印が解かれ、護りの力を取り戻してから既に数週間が経っていた。
「ヴァルドさ~ん、剣士様~」
突然、サフィールののんびりした声が階段の上から降って来る。
「お茶が入りましたよ、上までいらしてくださいね?」
「分かった、今行く……他の皆は?」
答えながらヴァルドはサフィールの声がする上の階ではなく、下の階へ続く階段へ目をやった。
「カサンドラさんと騎士様はもういらしてます~。ウェンディーネさんと戦士様はまだですね、さっき早めにお声かけしたんですけど~」
「どうせまたあいつの言う研究だな、よし、首根っこ捕まえてぶら下げて行く」
「お手柔らかに~」
サフィールがくすくす笑う声を聞きながらヴァルドは石造りの階段を下り始めた。
ここは廃墟から少し離れた小さな山の中にある、見晴らしの良い高台だ。この山全体がザイアの神殿の管轄下にあり、一般の者は立ち入りを禁じられている。実際立ち入る者がないよう、厳重に結界も張られている。そこについ最近新しく建てられたばかりの塔は、そう広くはないが各階の天井が高い。1階がエントランス、2階から4階までも今の所は空っぽで、ウェンディーネが錬金術の道具を持ち込んだり、ヴァルドが稽古場に使ったりしている。5階から7階までが旗頭達の居住区で、最上階には大きく窓の切られた展望台がある。そこからなら、離れていてもかつての廃墟ロンダルの様子がよく見下ろせた。
かなり昔に滅びた都を復興させるのはそう簡単な事ではない。だが幸い、街中の建物はほとんどが壊れる事もなく残っていた。勿論、傷みのひどい物は修復しなければならないが、生まれ育った都に戻って生活したいと言う者も多く、街には少しずつ人が戻り始めていた。
カサンドラは日夜、ドーラや他の神官達と共に街中の整備に駆け回っている。
サフィールは魔術師ギルドを作って街の護りの結界を強化、管理しようと考えているらしい。
ウェンディーネは自分の研究が最優先には違いないが、魔動機術協会が出来たら研究にも街の発展にも役立つから協力してあげてもいいよ、などと言っている。
ヴァルドも警備隊に配属される事になりそうだったが、どうもひとりでいる方が性に合っているのでちょくちょく都を抜け出してこの塔に来る。ついでに、人が戻ってきつつある都の偵察に来たらしい妖魔などを軽く片付けたりもしている。
これからは皆ますます忙しく、責任も重くなってゆく事だろう。
だが、そういった日常の事を考えるのは後でもいい。ともかく今は、みんなで明るい街並みを眺めながら茶を飲もう。
ヴァルドは、その場に揃った全員、大切な自分の家族と仲間達とを見渡し、そっとひとり微笑んだ。
‐了‐
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