「そうか、お前達にも苦労をかけたな……」
今回の遠征、そして今日1日の街中での話を聞き終えると、黒の剣士は溜め息混じりに呟いた。それから、改めてヴァルドの方に向き直る。
「お前は、ちゃんと普通に暮らしているんだな」
ヴァルドはその言葉にうなずいて見せた。
「幸せかどうかは分からないけれど……それなりに、普通に暮らしています」
「そうだな、俺達に比べればずっとまともか」
言いながら、黒の剣士は苦笑する。
「ザード様にも、同じ事を聞かれました」
ヴァルドの言葉に、今度は少し寂しそうな笑みがその口元に浮かんだのが見えたような気がした。
「ザードは……先に行ったんだな」
ヴァルドはうつむき、黙ってうなずいた。
「まあ、俺達ももう少ししたらすぐに後を追わねばならないがな……だが、少し安心したぞ」
そう言って黒の剣士は他の3人の方へ顔を向ける。
「今のお前には、ちゃんと新しい仲間もいるようだしな」
そこで黒の剣士は、白銀の槍をカサンドラが大事そうに抱えているのを見て、
「……そうか」
と、ひとり納得したようにうなずいた。それからもう一度ヴァルドに視線を移し、
「お前にも何か遺してやりたいところだが……だが、これはお前にはやれんな」
言いながら地面に突き立ったままの自分の剣の柄に、骨だけの手をかける。
ヴァルドにも理由は分かっている。その漆黒の大剣はとても強い力を秘めてはいるが、ひとたび使い方を誤れば戦いの狂気に取り憑かれ、相手を倒す事しか考えられなくなる呪われた剣だ。
「確かにその剣は欲しいけれど……もらえない事も分かっています」
ヴァルドは聞き分け良くうなずいた。せめて最後くらい、黒の剣士を困らせないようにしようと自分に言い聞かせていたのだ。
「そうだな、これは俺が墓場まで……いや、墓場の先まで持って行く。それに、お前にはもう渡してあるはずだ、ここにな」
言いながら、黒の剣士はヴァルドの上腕、肘の上辺りを拳で突いた。本来はどすっと鈍い音がしたのかもしれない。代わりにカシャン、と乾いた軽い音がもの悲しく響いた。
「剣はいりません。でも……もっともっと、師匠に教えて欲しい事はあるのにっ……」
たった今、困らせないようにしようと思ったばかりなのに、本当の正直な気持ちがこぼれ落ちる。それ以上は言葉が続けられなくなって、ヴァルドはきつく唇を噛んだ。
黒の剣士はしばらくそんなヴァルドを眺めていたが、やがて、
「ふむ、それなら……」
と、呟き、おもむろに身に着けている鎧を外し始めた。
「剣はやれん。俺自身ももはやお前の側にいてやる事は出来ない。となると、俺がお前に遺してやれるのはこれだけだ」
迷いのない手つきで鎧を外しながら、黒の剣士は言葉を返せないでいるヴァルドに笑いかけた。
「大丈夫だ、剣と違って鎧の方は危険な代物ではないんでな」
「あらあら、そういう事なら……」
白の騎士もそう言ってカサンドラを手招きし、自分の鎧を外そうとし始める。
「も、もう槍を頂きましたからっ……」
その気持ちはとても嬉しかったがあまりにも恐れ多くて、カサンドラは慌てて白の騎士を止めた。
「いいなぁ、お前らは……継いでくれる奴がいて……」
そのやりとりを羨ましそうに眺めながら、赤の戦士がまたもそう呟いていると、
「ねーねー、ねーねー」
と、下から鎧が引っ張られているのを感じた。見ると、小さなウサギが鎧に両手で取り付いている。
「じゃあこの鎧、ボクにちょうだい!」
屈託なく言ってくるウェンディーネを見て、赤の戦士は首をひねった。
「こりゃお前さんには、とてもじゃないが着られんぞ」
「ボクが着るんじゃないよ~」
ウェンディーネはそう言って、またも得意そうに胸を張ってみせる。
「調べて、同じ物を作るんだよ!ボクは武器職人だからね!」
「ほう、そうかそうか」
うなずいた赤の戦士は、そう長く考えるまでもなくガラガラと鎧を脱ぎ捨て、ついでとばかりにその真紅の長剣と盾までウェンディーネに気前よく渡してやった。
「お、重いよぉ~……」
よたよたしながらサフィールに支えられ、何とか武具を一カ所に集めて置いたウェンディーネは満足そうにその隣に座り込み、早速熱心に鎧を叩いたり撫でたりし始める。
「……さて、そろそろ陽も落ちたな」
黒の剣士がそうヴァルドを促す。その言葉通り、辺りは既に薄闇に包まれ、紫色に変わった空に星が一つ二つ瞬き始めていた。
「俺達はそろそろ行かねばならん」
そう言って最後にもう一度、黒の剣士はヴァルドの両肩に手を置いた。
「お前は、しっかりと生きるんだぞ。俺達の分までな」
「師匠……」
ヴァルドはうなずく事が出来なかった。
これが束の間の再会である事は、はじめから分かっていた事だ。納得出来ないまま泣いて引き離された15年前とは違い、こうして穏やかに話をしながら別れる事が出来るのは幸せな事なのかもしれない。だが、笑って見送る事など出来るはずもない。
「嫌だ……師匠がいなくなるなら、俺は封印なんか解かないっ……」
「この期に及んで、子供のような駄々をこねるんじゃない」
黒の剣士がヴァルドをたしなめるその声音からは、半ば笑い、半ば困ったような微笑みを浮かべているのが目に見えるようだった。
「俺達の命は、本当はとっくに終わっているんだ、もう何年も前にな……だが、もう一度こうしてお前に会う事が出来た、それだけでもう思い残す事は何もない。封印を解き、他の皆も解放してやってくれ」
真顔に戻った黒の剣士が言う事も、頭では分かっているのだ。最初から、死者達を解放するために自分はこの都にやって来た。だが、感情がそれを認めたがらない。封印を解いたら、死者達は、つまり戦士団の皆はもはやこの都に存在出来なくなってしまう。
「そうだ……」
そこまで考えた時、ヴァルドの脳裏に閃くものがあった。
「封印を解いて街にいられなくなるんだったら、師匠達が街を出ればいい!」
唐突に叫ぶヴァルドに、一瞬誰も反応出来なかった。
「いきなり何を言い出すんだ、お前は……」
黒の剣士が驚いた様子のまま声をかけてくる。
「だってそうだろう?街にいられなくたって師匠達はここにいるんだから!街を出て、どこか人目につかないところでひっそり暮らせばいいじゃないか!」
ヴァルドの言葉に、皆が戸惑って顔を見合わせた。
「そういう訳にはいかないだろう。人間の目から見たら、俺達はもう魔物なんだぞ?この命だって普通の命とは違うんだ」
黒の剣士はあくまでヴァルドを諦めさせようと説得するが、
「見た目なんか関係ない!命に普通も普通じゃないもあるもんか!」
ヴァルドも、この時ばかりは恩師の言葉にも譲らない。
「師匠達はずっと、この街のために辛い思いをしてきた……封印を解いて、街がまた安全になったら、そうしたら今度は俺達が街を守るから!この街が復興するのを、師匠達に見ていて欲しいんだ!」
ヴァルドの熱のこもった言葉にとうとう反論出来なくなった黒の剣士に代わり、
「あら、それはちょっと見てみたいかも……」
と白の騎士がいたずらっぽく笑って呟いた。
「そうだな、街を守る戦力が必要なら、わしが稽古をつけてやるわい」
赤の戦士もカラカラと笑って言い放つ。仲間2人の反応を前にして、黒の剣士も深々と溜め息をついた。
「……全く、お前という奴は。いつでも俺に楯突きやがって」
言葉とは裏腹に、ヴァルドへ向けるその眼差しには深い愛情がこもっているのが誰の目にも明らかだった。
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