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2011年9月19日月曜日

剣の戦士団・13

時刻はもうそろそろ夕方のはずだが、夏の陽は長く、暗くなるにはまだ早いようだった。
一行が塔の中へ入ってゆくと、崩れ落ちた部下達の骨に囲まれて、途方にくれた様子の白の騎士が立っていた。赤の戦士と同じく、その全身は今や骨だけとなっている。
「……ヴァーミリオン?」
その白銀の槍と鎧は、かつてカサンドラが夢にまで見た物に相違ない。だが赤の戦士と比べるとやはり全体の骨は細く華奢で、そしてその声は確かに女性のものだった。



「これは…どういう事?何が起こったの……?」
そこまで言ってから、白の騎士はまだ少し離れた入り口にいた4人の姿に気付いたようだった。
「あ~、それを話すと、ちぃと長くなるが」
赤の戦士は言いながらずかずかと入り口まで戻り、そこにいた黒ずくめの青年を捕まえて白の騎士の前に押し出す。
「これな、ヴァルドだそうだ」
「まあ……」
白の騎士はそう言ったきりしばらく次の言葉が出て来ないようだった。
「これが、あの坊やなの……?」
虚ろに開いた穴だけの目がヴァルドをじっと見つめている。そこに、かつての美しい青灰色の瞳が見えたような気がして、ヴァルドは気恥ずかしくなって目を伏せた。戦士団皆が自分の家族だったから、白の騎士だけが母親代わりだったという訳ではない。だが、親とはぐれた戦場で一番はじめに自分を拾ってくれた白の騎士は、やはりヴァルドにとって特別な存在だった。
「大きくなったのね……元気でいてくれて嬉しいわ」
白く細い骨の指がヴァルドの頬をそっと包み込む。その時になってヴァルドは昔は見上げていたはずの白の騎士の視線が自分よりも低い位置にある事を発見した。
「でも、何故ここに?」
そう問われ、白の騎士にもこれまでの経緯を説明する。
「そう……今の仲間達と力を合わせて、封印を解く事が出来たのね」
うなずきながら白の騎士はヴァルド以外の3人の方を見やった。そしてカサンドラの馬と槍とに目を留め、微笑んだようだ。
「あなたは、私と同じ戦い方をするようね」
「え、あ、はい……」
ただでさえ緊張しているところへ持ってきて、憧れの人からいきなり声をかけられ、しどろもどろになってしまうカサンドラを、今度はヴァルドが白の騎士の前へ引っ張って来た。
「カサンドラは、シルヴァーナ様に憧れて騎士を志したんだそうです」
「私に憧れて?」
ヴァルドの言葉に白の騎士は意外そうに聞き返す。その複雑な表情が目に浮かぶようだった。無理もない。人の道を外れた戦士団の道は茨の道。それを真似しろとは言えるはずもないのだ。
「まだ足元にも及びませんが……それでもずっと、憧れていたのは本当です」
カサンドラが控えめに、だがきっぱりと答える。
「そう、それなら……」
しばらく、白の騎士は黙って何事か考えているようだったが、やがて、
「あなたにはまだ少し、早いのかもしれないけれど……」
と、自分の代名詞とも言える白銀の槍をカサンドラに向かって差し出した。
「いえ、そんな……」
カサンドラはすっかり慌てて身を引いた。とてもではないが自分などが受け取る訳にはいかない。第一、白の騎士が言う通り、今の自分にはまだ扱う事も出来ない。
「いいえ、あなたならきっと、時間はかかってもいつか使いこなせるはずよ」
カサンドラの思いを読んだかのように、白の騎士が言葉を重ねる。
「私がいなくなった後も、この槍が人々を救う役に立つのなら……こんな嬉しい事はないわ」
更に言われ、カサンドラは心を決めた。
「分かりました……きっといつの日か、この槍に恥じない騎士となります」
うやうやしく両手で白銀の槍を受け取るカサンドラを、ヴァルドは嬉しい気持ち半分、淋しい気持ち半分で眺めていた。
剣の封印を完全に解いたら、戦士団は今度こそ皆この世からいなくなってしまう。それが分かっているからこそ、この白銀の槍は形見として託されてゆくのだ。
「……いいなぁ、継いでくれる奴がいて」
隣で赤の戦士がボソッと呟いた言葉が、ヴァルドの耳に残った。

4人はその塔の封印はそのままにして、更に赤の戦士、白の騎士と共に最後の塔へ向かった。2つ目の封印を解く事での影響がどの程度及ぶか分からないためだ。
塔が近付いて来るにつれて、ヴァルドには楽しみよりも心配の方が大きくなってきていた。戦士団を破門された自分が、どんな顔をして何を話せば良いのか、考えても全く答えは浮かんでこない。
お前の顔など見たくもない、とっとと帰れと追い返されても仕方がないのかもしれない、いや、下手をすれば口さえきいてもらえないかもしれないなどと考えれば考えるほど、心も足取りも重くなってゆく。
考え過ぎかもしれないと思いつつも、ヴァルドはその不安を振り払う事が出来なかった。

そして、答えは見つからないまま、塔はもうすぐそこまで見えてきた。
夏の空を鮮やかに沈みゆく太陽と金色の雲が彩り、辺りは淡いオレンジ色に染まっている。
その暮れてゆく光の中、塔の入り口の前にぽつんと影のようにたたずむ姿があった。
地面に抜き身のままの漆黒の大剣を突き刺し、その傍に片膝を付いていた黒の剣士が、一行の近付いて来る足音に顔を上げ、立ち上がる。
「……久し振りだな。そろそろ来る頃だろうと思っていたぞ」
落ち着いた声で言う黒の剣士は、何があったのかを理解しているようだった。ゆっくりと赤の戦士と白の騎士に目をやり、だが次いで4人の方を見やったところで、黒の剣士の動きが止まった。
「……ヴァルド、か……?」
誰かが何か言うよりも早く、ヴァルドを見分けたらしい黒の剣士から目を離せないまま、
「……はい」
ヴァルドはやっとの思いで、かすれそうになる声を振り絞ってうなずいた。
黒の剣士はしばらく何も言わずにヴァルドを見ていた。かつての陽に灼けた浅黒い肌とは対照的な、白くつるりとした表情のないその顔からは何の感情も読み取る事が出来ない。ヴァルドも、ただ何も言えずに黒の剣士を見ていた。
とても長い時間が過ぎたように思えたが、実際にはそれほど長い時間ではなかったのかもしれない。
まだ信じられない様子のまま、黒の剣士が骨だけとなった手を差し伸べ、一歩、二歩、こちらへ歩み寄ってくる。
何を言ったら良いのかあれこれ迷っていた言葉も、悩んでいた気持ちもその瞬間に全て吹き飛んだ。
「……師匠っ……!」
ヴァルドはそう言ったきり声を詰まらせ、弾かれるように黒の剣士に飛びついていった。

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