次にどうするか迷ったものの、最後に残った酒場にも一応行ってみる事にした。人が集っていれば重要な情報源となる酒場だが、廃墟ではそれは望めそうにない。
そう思いつつ酒場に足を向けた4人だったが、近くまで行くとどこからともなく陽気な歌声が聞こえてくるのに気が付いた。歌声だけではなく、時折賑やかな笑い声が混じるその騒ぎは、どうやら酒場の中から漏れ聞こえてくるようだ。
サフィールが窓から様子を窺おうと提案したが、窓は鎧戸で閉ざされていた。勿論、酒場の扉もしっかりと閉まっている。
全員、そっと顔を見合わせた。
「……誰かいるのかなぁ?」
「どうでしょうね~…ここからだと中の様子が分からないですし……」
「思い切って扉をノックしてみる?」
などとひとしきり相談してみたが、
「どこの世界に酒場の扉ノックする冒険者がいるんだ。堂々と入って行けばいい」
そう言い放つと、ためらいもせずヴァルドが扉を押し開ける。堅い木の扉が重い軋みを上げて開き、ヴァルドはそのまま酒場の中へ入って行った。
「ちょ、ちょっと~っ……」
「まだ心の準備がっ!」
焦ったものの放っておく訳にもいかず、他の3人もこわごわと後に続く。
開いた扉から薄暗い建物の中に外の光が差し込み、その途端にざわめきが起こった。次の瞬間、水を打ったように周囲の音が消えたがそれも一瞬の事、
「おい見ろよ、こいつら生身だぜぇ」
「お~ほんとだ、生きてる人間だぁ」
そんな声が周囲で次々にわき起こる。
4人は思わず身構えたが、すぐに襲いかかって来る様子はなさそうだ。
そこにいたのは、昨晩、城壁の上に見たのと同じような、半ば透き通って見える幽霊達だった。しかし、よく見ればその姿がどこか異様な者の多い事に気付く。皆、一見したところでは人間の姿に見えるのだが、注意して見ると、ねじれた角が生えていたり背中に薄いコウモリのような羽根があったり、細く尖った尻尾が生えていたりするのだ。
「この人達……ニンゲン?」
ウェンディーネが背伸びして隣のサフィールに小さな声で言う。
「元は人間、というところでしょうね……」
サフィールもささやき返したが、その言葉が終わるより早く、
「そうそう、元は人間だぁ」
「今やこんな姿だけどなぁ」
巻き起こる笑い声に悲壮感はなく、乾いた明るさに満ちていた。
一度死んだ人間を魔法の力で生き返らせると、輪廻転生の流れに逆らう事になり、魂に「穢れ(けがれ)」が溜まる。少々の「穢れ」であれば日常生活にもそう支障はないが、蘇生を繰り返す事によって目に見える形でも影響が出てくる。その現れ方に個人差はあるが、角が生えたり、陽光に弱くなったりするのだ。そして穢れ切った魂は最後には生ける屍となり、命ある者を憎んで襲いかかって来るようになってしまう。ここにいる幽霊達は何度となく死と蘇生とを繰り返して来たのだろう、穢れを持って異質な姿となっているようだが、屍の一歩手前で踏みとどまっている状態のようだ。
とりあえず酒場の主人に話を聞こうとヴァルドが周囲を見回すが、主人の姿は見当たらない。考えてみればそれもそのはずだ、街の一般市民はほとんどが無事に逃げ延びて今も別の場所で生きているのだから。
「あなた方は、“剣の戦士団”の方々ですね?」
カサンドラの言葉に、そうだそうだと周りの幽霊達が口々にうなずく。
「ねーねー、伝説の三戦士ってどこにいるの??」
伝説の武具目当てのウェンディーネがいきなり遠慮なく聞くが、
「隊長達?さあなぁ、今どこにいるのかは分かんねえなぁ……」
「街中のどっかにはいると思うんだけどな」
「な~んだ、ここにはいないのかぁ…」
手がかりにならない曖昧な答えにウェンディーネはあからさまにがっかりした様子を見せる。
「ところで、あんたらはどっから来たんだ?何しに来た?」
その当然の疑問には、カサンドラが代表して答えた。
「私達は、あなた方を解放するために隣街から来ました。何故あなた方は今もって安らかな眠りにつく事が出来ないのです?何か原因があるのですか?」
カサンドラの問いに、幽霊達はお互いの顔を見合わせている。
ややあってから、
「まあ、街を守る事が出来なかったからな。俺達は今もここでこの街を見守ってるんだ」
尖った角がある幽霊が代表して答え、周りの幽霊達がまたうなずく。
しばらくどう答えたものか考えたが、
「街は……守られましたよ」
カサンドラが迷いつつもきっぱりと答える。
「街の人はみんな無事に逃げて、今もほとんどが隣街で幸せに暮らしています」
それを聞いた幽霊達の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「そうか…みんな無事に逃げたのか…」
「俺達が戦った甲斐はあったんだな…」
しみじみとつぶやく幽霊達に、
「だから、もうゆっくり休んでください」
カサンドラが言葉を重ねる。幽霊達はしばらくざわざわと言葉を交わしていたが、
「いや、それは出来ない」
と先ほどの角のある幽霊が答えた。
「俺達がいなくなったらまた蛮族がこの街に来るかもしれない…それを思うとこのままいなくなる訳にはいかない」
「それに、俺達は納得出来ても…仲間の中には、生前の記憶をなくしてもう話も通じない、たださまよってるだけになっちまった奴らもいるんだ」
横から別の幽霊が言葉を加える。先ほど見たスケルトンなどの事を言っているのだろう。
「あいつらはこのままじゃ休めない。俺達もあいつらを放っておいて休む訳にはいかない」
きっぱりとした言葉だった。
「どうしたらいいんです?倒して回るしかないんですか?」
「…そうだなぁ……」
しばらく考えていた幽霊は、やがて顔を上げて4人を見回した。
「あんたらが、守りの剣の封印を解いてくれれば……」
「守りの剣?」
「封印…ですか?」
思わず口々に問い返す。
人族の街は、「守りの剣」と呼ばれる魔剣の結界によって蛮族から守られているのが普通だ。生まれながらに「穢れ」を内包している蛮族達は、その穢れが強いほど、つまりより強力な蛮族ほど、守りの剣の結界の中には入って来られないからだ。
「この街には3本の守りの剣があった。けどな、街が滅ぼされた後、3本とも低級の妖魔達に封印されちまったんだ」
幽霊達が話すところによると、街の外側に3箇所、塔があり、それぞれ1本ずつ魔剣が封印されているはずだという。
封印を解けば、街に蛮族が入って来る心配はない。それに伴い、自分達も守りの結界の中では存在出来なくなるので、望もうと望むまいとこの世を離れる事になるだろうというのだった。
「分かったわ…とにかく、その封印を解けばいいのね?」
「おぉ、やってくれるか!」
カサンドラの言葉に幽霊達は拍手喝采、再び陽気に騒ぎ始めた。
「よぉし、そうと決まったら前祝いだ!」
「おい、誰か奥の酒蔵の酒持って来いよ」
「ありゃ上級士官用の特別高級な奴だろ?」
「構うもんか、めでたい日だ」
などと言い合いながら再び歌い、笑い、お互いの杯に黒く泡立つ酒を満たしてゆく。
「特別高級な、長期熟成のお酒?」
サフィールの目がきらりと光る。サフィール自身は別に酒好きな訳ではないが、高値がつくかもしれないと考えたのだ。
「……酒を勧められないうちにここから出よう」
ヴァルドがそう言って来た時と同じようにさっさと扉へ向かう。実際には幽霊達の誰一人として4人に酒を勧めてくる者はなかった。
薄暗い店内から外に出ると、眩しい白い世界にしばし目が眩む。落ち着いてから周囲を見てみると、確かに向こうの方に高い尖塔が建っているのが見えた。
「さあ、じゃあ早速封印とやらを解きに行きましょうか!」
「うん、行こ~行こ~!」
死者達の解放に意欲的なカサンドラと、おそらく何も考えていないウェンディーネが盛り上がっているところへ、
「あ、ごめんなさい!」
サフィールが突然、水を差す。
「今の人達に聞きたい事があったの忘れてました~。すみませんがすぐ戻りますからここで待っててくださいね~」
相変わらずおっとりした口調ながら相手に言い返す余地もないほどきっぱり言うと、サフィールは再びするりと酒場の中へ消えて行った。
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