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2011年9月19日月曜日

剣の戦士団・12

ウェンディーネが全身の毛を逆立てて硬直したのを視界の端に入れながら、サフィールも我知らず息を呑んでその場に凍り付く。
神殿でヴァルドが具合が悪そうにしているのを見た時すでに、勘の良いサフィールは、生まれながらに穢れを持つ悪魔の落とし子、ナイトメアかもしれないと疑ってはいた。ヴァルドが戦士団の一員だった事を聞き、その疑いは晴れたものの、今目にした光景は予想をはるかに超えていた。
そしてサフィールは凍り付いたまま動けなくなった。サソリの尻尾の一撃をよけた赤の戦士が攻勢に転じたのだ。重たそうな長剣を軽々と目にも止まらぬ速さで扱う赤の戦士の攻撃に、ヴァルドがなす術もなくさらされている。



ヴァルド自身、自分の限界を感じていた。骨ばかりとなった今も、赤の戦士の力強さに全く衰えは見られない。いや、むしろ普通の生命を失った分、更に化け物じみた怪力が備わっているかのような気さえするのだ。はじめからかなう相手ではないのは身にしみて分かっていた事だが、その剣筋を全く見切る事が出来ない。避ける事が出来ない以上、出来るのは耐える事だけだが、剣の斬撃が連続で浴びせられる度に、熱い痛みと共に自分の命が確実に削り取られてゆくのが手に取るように分かる。
(……ここまで、か)
観念した刹那、胸に重い一撃がまともに叩き付けられ、一瞬息が止まった。口元から血があふれ出したのを感じ、その直後、冷たい石の床に頬が触れたのがぼんやりと分かったが、そこまででヴァルドの意識は完全に闇の中に沈んでいた。

目の前にいたスケルトンはあっさりと倒した。だが、その向こうでヴァルドが崩れ落ちるのを見た時、ウェンディーネの心を今まで感じた事のない恐怖が支配した。冒険者になってからもうずいぶん経つが、自分が死ぬかもしれないなどとは考えた事すらない。だが、今まさに自分は、死に直面している。どうしようもなく体が震え、足がすくんだ。
今なら、まだ今なら、開いたままの扉から外に飛び出す事が出来る。この塔から逃げ出しさえすれば、この恐ろしい敵は外まで追って来る事はないだろう。そうすれば、命は助かるのだ。
「うわ~ん!!」
ウェンディーネは泣きながら方向を変え……銃を構えて赤の戦士の懐に飛び込んでいった。
そのまま狙いを定めて撃ち出された弾丸は、赤い鎧をかすめて骨の本体にわずかながら傷を付ける。
だがその返礼として鋭い剣の連続攻撃を見舞われ、ウェンディーネの小さな体もいとも簡単に、動かないヴァルドの隣に転がった。

サフィールはわずかに身をかがめ、ロッシェを床に放した。ヴァルドとウェンディーネが倒れた今、この場に残ったのは自分だけだ。そして自分が倒れれば、赤の戦士を足止めする者がいなくなり、カサンドラの身に危険が及ぶだろう。
使い魔である灰色猫は、サフィールが命を落とせば消滅する。それなら最期まで腕の中に置いておきたい気もしたが、痛い思いはさせたくなかった。
軽くなった手に杖を握りしめ、サフィールはゆっくりと相手の間合いの中に踏み込んだ。

その頃、息もつかずに階段を駆け上がったカサンドラの目の前には、階段の行き止まりと簡素な木の扉が迫って来ていた。
しかしカサンドラはためらう事なくランスを構えると、そのまま扉目掛けて突っ込んでいった。
派手な音を立てて扉が破れ、塔の上の小部屋に突入する。そしてそこで手綱を引き、やっと止まったカサンドラはひらりと愛馬から跳び下りた。
さして広くない部屋の真ん中に台座があり、一本の剣が立っている。だがその周りには何やら妖しげな呪いを施された丈夫な綱が幾重にも張り巡らされ、黒々とした気を放っているのが目に見えるかのようだ。これが剣の封印となっているのだろう。
(これは……どうしたらいいの?)
ほんのわずか戸惑ったが、カサンドラは腰から予備の小剣を抜くと、ともかくその綱を切って回った。
すぐには何の変化も起こらないように思える。だが、しばらく様子を見ていると、黒々と凶々しい気配は嘘のように消え去り、剣が淡い輝きに包まれ始めた。
「……もう、大丈夫みたいね」
一安心して息をつき、思わず声に出して呟く。
「よくやってくれたわ、ありがとう」
アポロニウスにも声をかけ、そのたてがみを撫でてやる。
「でも、もう少し頑張ってね。ともかく、みんなの所に戻りましょう」
言うと、カサンドラは手綱を引いて先に立ち、歩き始めた。

カサンドラが綱を切るのと同時に、階下でも劇的な変化が起きていた。まだ残っていたスケルトン達がガラガラと床に散らばり、赤い大剣はサフィールに届く寸前で動きを止めたのだ。
「……こ、こりゃいったい……」
周囲の状況が把握出来ない様子で立ち尽くす赤の戦士を見やり、サフィールもホッと胸をなで下ろした。
「良かった……どうにか間に合ったみたいですね……」
だが、こうしている間にも意識のないヴァルドとウェンディーネの命は刻一刻と消えつつある。それを死の淵から呼び戻す事が出来るのは神官の神聖魔法だけで、サフィールには扱う事が出来ない。カサンドラが戻るまで2人が保ってくれれば良いのだが……
そこでサフィールは、出立前に寄り道して買い求めた薬の事を思い出した。それはまさに今必要な神聖魔法と同じ効果のある物だった。まさかとは思ったが、備えあれば憂いなしと準備しておいたものなのだ。
サフィールは急いでその場に膝をつき、薬を取り出すと倒れている2人にそれぞれ飲ませてやった。
「みんな大丈夫!?」
カサンドラの声が上から降って来たかと思うと、階段の端に心配そうな顔が覗く。サフィールは大きく手を振って見せた。
「大丈夫ですから、気を付けて降りて来てくださいね~」
ほどなく、ウェンディーネがけほけほと咳き込みながらむっくり起き上がる。
ヴァルドも低く呻いて目を開けると、床に手をつき、懸命に上体を起こそうとしながら、
「……ヴァーミリオン様」
と、呼びかけた。
「ん?お前は……」
足元から呼ばれた赤の戦士は、ぽっかりと穴の開いた瞳のない眼でまじまじとヴァルドを眺めていたようだったが、やがて黒いサソリの尻尾に気が付いたようだ。
「お前……もしかして……シュヴァルツのとこにいた……ヴァルドか?」
「……そうです」
「何と……」
ヴァルドがうなずいても赤の戦士はしばらくは信じられない様子でヴァルドを見下ろしていた。
「ずいぶんと……変わったもんだな」
その言葉にヴァルドが何か答えるよりも早く、
「まあ、わしも人の事は言えんがな」
と、カラカラと骨を鳴らして豪快に笑う。姿かたちは変わっても、かつて見知っていたのと変わらないその調子に、ヴァルドはやっと安堵した。
階段を降りて来たカサンドラとも合流し、4人で赤の戦士にこれまでのいきさつを説明する。顎を撫でながら4人の話を聞くその姿に、かつては髭を撫でながら人の話を聞いていたものだったとヴァルドは思い出していた。
後2つの塔にも行ってみるつもりだと4人が話を締めくくると、
「どれ、じゃあわしも一緒に行こうかの」
と、赤い長剣を無造作に肩に担ぎ上げる。
そこで4人は赤の戦士と共に、次の塔へ向かった。

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