深夜、見張りの順番が回ってきた。
「眠いよぉ~……」
ウェンディーネはそう言いつつ、既に半分寝ている。
「じゃあロッシェ、あっち見ててね。わたしはこっち見てるから」
対照的に楽しそうに灰色猫と見張りにいそしんでいるのはサフィールだ。
たかだか1時間、何もある訳がないだろうと思いつつも念のため再び愛馬に跨ったカサンドラも周囲を警戒し、ヴァルドも黙ったまま油断なく辺りに気を配っている。
そろそろ1時間の見張りも無事に終わろうかという頃、サフィールの腕の中にいる猫が「にゃ」と短く鳴き声をあげた。続いて灰色のその毛を逆立てる。
「どうしたのロッシェ、何かあった?」
言いながらサフィールもすぐその存在に気付いた。何しろ使い魔であるロッシェとは視覚や聴覚を共有する事が出来る。
それはまだかなり遠くの方にいたが、真っ直ぐこちらに向かって来ていた。
かなり巨大な鶏のように見える。しかしその頭に鶏冠はなく、脚や尻尾は羽毛の代わりに鱗に覆われ、トカゲのそれを思わせる。
「ボク、あれ知ってるよ!コカトリスっていうんだよ!」
やはりその接近に気付いたらしいウェンディーネがややうわずった声で早口に言う。
「石にされちゃうんだよぉ!」
その言葉を最後まで聞くより早く、カサンドラはアポロニウスの脇腹を蹴って飛び出していた。
「魔物よ!みんな起きて!!」
声を張り上げながら、一番近くにいるコカトリスの所へ向かう。
ヴァルドが無言で手近な何人かを蹴り起こしながら走って来た。ウェンディーネとサフィールもやや遅れてついて来る。
さすがに神経が過敏になっていたらしい遠征軍の他の者達もすぐにはね起き、戦う態勢を整えた。
石化の魔力を持つ厄介な魔物…それが3匹もいる。この近くに巣でもあるのかもしれない。
「1匹はこちらで引き受ける!そっちの1匹は任せたよ!」
馬上のカサンドラに向かい、ドーラが声をかけてきた。
「分かったわ!」
答える間にもコカトリスの方も速度を上げ、こちらに向かって突進して来る。
近くで見ると見上げるほどに巨大だが、意外に動きは素早い。
目的地に着く前に、こんな所で魔物の餌食になる訳にはいかない。油断せずに臨まなければ……
コカトリスの巨体が地面に音を立てて倒れ伏した時、前衛に立つヴァルドがかなりの怪我を負わされていたものの、どうにか石にされる事もなく、全員無事であった。
周囲を見渡すと、後2匹のコカトリスはまだ暴れ回っているが、ドーラ達のパーティーが相手をしている方は放っておいても問題なさそうだ。ウェンディーネが喜々として銃を振り回しながら残る1匹の方へ向かう。
戦いが完全に終息した時には、辺りに何体かの石像が立っていたりもしたのだが、ザイアの神官達が治療にあたり、欠員が出る事はなかった。
「驚きましたね~…ともかく、ちゃんと寝ないと魔法力も回復しないし休みましょうか」
「そうですね、休息は必要ですね」
サフィールとカサンドラがそんな会話をしている脇では、早くもウェンディーネが熟睡している。
それぞれ、自分の力を尽くして戦った結果の勝利だ。だが、まだパーティー内での連携がきちんと取れているとは言えない。パーティーのメンバー達もお互い打ち解けているとは言い難い。今後の戦いは皆で力を合わせていかなければより一層厳しいものとなるだろう。
そう考えると一抹の不安を覚えない訳にはいかないカサンドラであったが、ともかく今は少しでも休息を取る事が大事だと自分に言い聞かせ、目を閉じた。
その後は何事もなく朝になった。
その日も朝から順調に進軍を続け、やがて日が傾きかける頃、行く手に目指す街の姿が見えて来た。
ところどころ崩れかけてはいるが、まだ城壁がしっかりと残っている。その向こうには幾つかの高い建物の屋根も見える。街への被害はほとんどなかったため、ここが打ち捨てられた廃墟だと知らなければ普通の街に見えるのかもしれなかった。
しかし、やっと目的地にたどり着いたとはいえ、暗くなってから死者達の縄張りに踏み込むのはあまりに危険すぎる。
遠征軍は街の門の近くに陣を張り、夜が明けるのを待つ事にした。
昨日の簡単な設営とは異なり、今後はここが指揮官達の留まる本陣となり、補給部隊や救護部隊の待機する重要拠点となるはずだ。
夜も更け、ほとんどの者が寝静まる頃。
ヴァルドは空高く昇った月に白く浮かび上がる街壁をじっと見つめていた。
そんなヴァルドの様子を少し離れた所からサフィールが不思議そうに眺めている。
「どうかしましたか?」
声をかけてきたのは、サフィールではなくカサンドラだった。
「いや…別に」
相変わらず無愛想に答えるヴァルドは未だ街壁の方に目をやったままだ。
「明日からは、厳しい戦いになるだろうと思ってな」
とってつけたような答えだったが、カサンドラはその言葉にうなずき、
「もし何か気になる事があるのなら、もう少し近くまで行ってみます?」
その提案にもヴァルドは首を横に振ったが、一度カサンドラの方へと向き直った。
「いや、特に何かある訳じゃない。もう皆寝ているしな…わざわざ動く必要はないさ、ここでいい」
「そうですか?」
カサンドラはまだ何か言いたげではあったが、ヴァルドはまた街壁の方へ視線を戻してしまった。
崩れかけた街壁は、今はもう判別する事は難しいかもしれないが、多くの流された血を浴びて来たはずだ。
この遠征に志願した時に、覚悟は決めてきたつもりだった。一度は彼らに救われた命を、彼らのために捨てる事になるかもしれない覚悟。
(それでも、俺は……)
ヴァルドは目を閉じ、ゆっくりと自問した。
それでも自分は、冷静でいられるだろうか。この先、何を見ようと。何があろうと。
だが、それでも自分は行かねばならない……
改めて決意を新たにし、目を開けたヴァルドは一瞬自分の目を疑った。
街壁の上に、青白く薄ぼんやりとした人影が幾つか浮かび上がって見える。簡素な武装でそれぞれの持ち場につき、見張りについているらしいその体は半ば透き通っているが、それぞれの顔をはっきりと識別する事さえ出来た。
「あれは……」
隣でカサンドラが息を呑むのが聞こえた、と思った次の瞬間、
「うわっオバケっ!!」
遠慮のないウェンディーネの声が耳に飛び込んできた。
「……ゴーストですね」
いつの間にか近くまで来ていたらしいサフィールが誰にともなく呟く。
戦いが終わっても、この世に未練を残して浮かばれなかった幽霊達は、もしかしたら自分達がもう死んでしまった事にすら気付いていないのかもしれない。
これだけ多くの遠征軍にさえ気が付かない様子で、静かに見張りの任務を遂行している幽霊達を見ると、やはり心が痛んだ。
少し離れた所からも小さなざわめきが伝わって来た。こちらの軍の見張りが彼らの存在に気付いたのだろう。
ただ、今のところ向こうに敵と認識された訳ではなさそうだから刺激しないようにしようという判断がなされたようなので、皆それに従う事にした。
「気になるけど……明日眠いのはヤダからボクは寝るね~」
言葉の割にそれほど気にもしていなさそうなウェンディーネがさっさと毛布を被る。
他の3人も顔を見合わせたが、明日に備えて休む事にした。もし眠れなくともせめて体を休めておかなければ……
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