朝になると、街壁の上に幽霊達の姿はなかった。さすがにそれほど強い存在ではないため、陽光の下では活動出来ないのだろう。
いよいよ街中へと進む事になる。とはいえ、中の様子が全くと言っていいほど分からないので、まずはパーティー単位で担当区域が割り当てられ、その場所の調査をするという事になった。万が一死者達に出くわした時は、可能な限り解放を試みるが、後はその時の状況と判断次第という事だ。暗くなる前には一旦街の外へ出て本陣へ戻り、報告会が行われる予定となっている。
経験の浅い冒険者達から街の入り口近くに配属され、カサンドラ達の担当は街のやや奥、中心地にほど近い場所だった。
担当区域に着くまでは、方向の同じ他のパーティーとなるべく大勢で固まって進む。
当然の事ながら家々の扉や窓はほとんどが固く閉ざされ、生き物の気配などは全く感じられない。音のない、人のいない街の大通りを、周囲を警戒しつつ足早に歩く。
それでも、
「懐かしい……」
と、カサンドラは思わず呟いていた。あの頃、通りの家の窓や店の看板はもっと高い所にあったように思え、どこも賑やかで活気にあふれていたけれど、それでも街の佇まいは変わっていない。
「カサンドラさんは……この街を知っているんですね?」
小さな独り言を聞き留めたらしいサフィールが少し遠慮がちに声をかけてくる。
「ええ、ずっとこの街で生まれ育ったわ……あの時までは」
様変わりしてはいても、かつて毎日暮らしていた場所に十数年振りに帰って来た気安さが、カサンドラを普段の口調に戻していた。
「じゃあ、街のどこに何があるかは分かるんですね」
「多分、だいたいはね…ちゃんと覚えてれば、の話だけど」
苦笑しながらもう一度辺りを見回す。残念ながら自分の住んでいた家があった辺りからは少し離れているから、あまり正確な記憶ではないかもしれない。だが、確かに見覚えのある風景だ。不覚にも懐かしさと切なさの入り混じった思いがこみ上げてきそうになる。
平和で平凡に暮らしていた毎日、時折戦士団の行軍を見かけるようになり、街全体が慌ただしく不穏な空気に包まれるようになっていき……だが、戦士団の行軍を見るのは嫌いではなかった。彼らがいる限りこの都は安全だ。周りの大人達がそう言い合うのを聞きながら、カサンドラはいつも戦士団の中でも一際目立つ、白の騎士の姿を目で追っていた。勿論、実際にその戦いぶりを間近で見た事はなかったが、華やかな武勲の噂は「閃光の如く戦場を駆ける」という評判と共に幾つも届いていたものだ。
今も、すぐ目の前を行き過ぎる姿がありありと思い浮かぶ。
白銀の鎧に白銀の槍、純白の馬を伴ったその凛々しい姿が……
だが、カサンドラがのんびりと感傷に浸っている暇もなく、大通りに繋がる他の通りや路地からカシャカシャと乾いた音が響いて来たかと思うと、あっという間にあちこちから大量の骨が押し寄せて来た。人型を保ってはいるが全身骨だけのスケルトンの大群だ。
「…うわ~、ホネいっぱい来たよ~」
ウェンディーネが嫌そうに腰の銃に手を伸ばす。
「さすがに、これだけいると多いですね~……」
と、サフィールも細い眉をしかめている。
明らかに武器を構えてこちらにじりじりと向かってくるスケルトン達とは残念ながら話し合いは望めそうにない。戦うしかないかと思った矢先、
「私達がこんな雑魚に関わってても仕方がない!ここは他の者に任せて私達はもっと奥へ行くよ!」
すぐ近くを歩いていたドーラがそう叫んだかと思うと真っ直ぐに走り出す。
「確かに、新米達には手頃な相手だね。ちょっと数が多いけどね」
美青年剣士がそう言ってウィンクを投げて寄越し、そのままドーラに続く。
4人もその意見に従う事にして、スケルトン達が距離を詰めてくる前に急いで通りを駆け抜けた。
そのまましばらく大通りを走り続け、街のだいぶ奥の方までやって来た。
途中で目指す方向の違うドーラ達とも別れ、今は4人だけとなっていたが、さすがにこの辺りにはスケルトンや他の魔物もいないようで、辺りは静かなものだった。ここが自分達の担当区域となる。
「この辺りには、何があるんです~?」
少し呼吸を整えて落ち着くと早速、サフィールがカサンドラに問いかける。言われてカサンドラも昔の記憶を探ってみた。
目立つ施設としては、神殿、商館、酒場、といったところだろうか。
「どこから回ります~?」
「そうねぇ、情報収集って言ったらやっぱり酒場かしら?」
「……それはそこに人がいればの話だろう」
相談の結果、まずは神殿へ行ってみる事にした。
それは始祖神ライフォスの神殿だった。
神殿の入り口は来る者を拒まぬかのように大きく開け放たれていたが、中には魔物の気配も荒らされた形跡もない。
「なんか空気の感じが違うね~」
「神聖な場所ですからね~」
確かに、ひんやりと薄明るい神殿の中は清浄な雰囲気に満ちている。
そこに一歩足を踏み入れた途端、ヴァルドは全身に疼くような鈍い痛みを覚えた。この清らかな空気が自分を拒絶しているかのように、ここは居心地が悪い。
(……つまり、ここは…安全らしいな)
自嘲気味に心のうちで呟く。
「何かあるか、調べてみよう!」
言うが早いか、ウェンディーネが自分の周りにふわふわと浮いている銀の球体の一つを捕まえ、短いキーワードを口にする。と、銀の球体の表面にパッと5つの輝く点が表示された。
「え~っと、ここと、ここと……」
どうやら部屋の四隅と、奥で一段高くなっている祭壇の神像に魔法反応があるという事らしかった。しかし、ウェンディーネの魔法では一度に複数の魔法反応を調べる事が出来るが、どのような魔法がかけられているのかは分からないらしい。
「では、次は私の番ですね」
今度はサフィールが杖を構え、複雑な抑揚の呪文詠唱を始める。サフィールの魔法では一度に一つの物しか調べる事が出来ないが、どのような魔法なのか詳細を調べる事が出来る。
「どうやら、ここには守りの結界が張られているようです~」
「なるほど、それで魔物がいないのね」
いざとなったらここに撤退すれば、魔物はこの中までは追って来ない。休息し、態勢を整える事の出来る貴重な場所のようだった。
「どしたの、顔色悪いよ~?」
不意にウェンディーネがヴァルドを下から見上げ、そう声をかけて来る。タビットというのは頭の上の長い耳まで入れても身長1メートルそこそこなので、長身のヴァルドがうつむいていても普通に、というかむしろその方がよく顔が見えたらしい。
「どこかお加減でも?」
何か答えるよりも早く、カサンドラが重ねて聞いてきたが、
「……いや、何でもない」
ヴァルドは首を横に振り、
「とりあえずここは安全なようだし、他の場所を調べに行こう。あまりのんびりしている暇もないからな」
そう言って他の者の返答も待たずに神殿を出て行った。一方的な言いようではあったが、その言葉には一理あるので特に異論もなく一行は神殿を後にした。
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