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2012年7月19日木曜日

じゃすみんマスターの話

セッションレポートを書いております水葉です。今回は長女じゃすみんの話。
じゃすみんは現在小学6年生。幼少の頃より、とりの卓に参加させてもらっています。
といっても当初はPC1人を扱うのは難しいので、とりの代わりにモンスターのダイス(また何故かクリティカル乱発するんだ、これが)を振ったりしておりました。
その頃は、ルールどころかTRPGという概念すらも理解していなかったものと思われます。

2012年7月18日水曜日

運命カードを作ろう:第2回 カードの作りを考察する

前回は、作るという方向性を定めたのみで終わりましたが、今回は実際に作るためにどの程度の仕様にするべきかを検討してみようと思います。
まずは運命カードの内容から。

通常の運命カードは、裏面共通、表面同デザインのテキスト違いが91枚、表面別デザインが1枚の合計92枚。数枚の予備カードがあるとベスト。
血のごとく赤き札は、裏面共通(通常札の色違い)、表面デザインはバラバラな8枚。こちらも1〜2枚の予備カードがあるとベスト。







予備カード抜きの100枚だけでも、全てのカードの内容が違い、うち8枚は裏面すらも異なるというカードゲームとしても異例の複雑さ…極低予算で本当に作れるのかよこんなの…アカイカードガナケレババリアブルインサツガツカエルノニ_| ̄|○

若干折れそうになる心を奮い立たせるためにカードの作りを妄想してみます。

220kgアート紙、可能ならPP、角丸加工、カードサイズはブリッジサイズ(58×89mm)、ざっくり計算してA3サイズに21面付けして断裁してもらう形か?ドブ寸が少ないのが気になるけど、これだとA3を5種刷れば105枚になるから予備カード入れてもちょうど良さそう。とりあえず箱は市販のもので妥協する。生産数は3セットあれば十分なのだけど、印刷屋さんがやってくれる最小ロットで(^^;;

…好き放題妄想してみたけど、印刷屋さんのサイトをざっくりと眺めた限りでは確実にルールブック本体と比較にならないくらい大きなコストがかかりそうなのが泣ける。
無理だったら諦めてルルブ切るか家内制手工業で手作りするかの2択になるけど、やはりカードを使うゲームだしこういう小物がしっかりしてると盛り上がるんだよなぁ…

とりあえず印刷関係に詳しい人に相談してみて可能なら頑張る。ダメでも泣かない覚悟だけはしておこう。
さて、どうなる事やら…待て次回。

運命カードを作ろう:第1回 深淵 第2版を手にして思う事

少し思うところがあり、今更ながら「深淵 第2版」と「深淵 第2版テンプレート集 銀龍亭綺譚」の2冊を購入しました。





深淵の初版ボックスは発売当初から通算3箱ほど使い潰し、各種サプリメントも各2冊ずつほど持っていたのですが、版あげ当時、シンプルなシステムで遊びたいという気持ちが強くなっていたことと、深淵をやるなら手持ちの初版ルールで支障ないと感じていた事から、第2版は購入せずに見送り、最近はすっかり別システムばかり遊んでいました。
今回、友人からの深淵で卓を立ててくれという要望に押し切られた形で第2版(初版でなく第2版なのはその友人が第2版を使っているため)を手にすることになったのですが、このゲームでは運命カードという100枚ほどからなるカードのセットを使用し、第2版のルールブックにはこれらのカードが巻末に綴じ込まれる形でついています。
このルールブックを手にして最初に感じたのは「このカード、本から切り取って使うのか?」という事でした。初版のボックスにはきちんと箱に入ったカードが封入されていましたが、第2版はおそらく、書籍扱いで流通させるためこのような形になったのでしょう。




初版の当時のサプリメント「血の如く赤き ~夢魔の占い札」も裏表紙がカードになっていて切り取って使用する形式でしたが、この形式のために私は切り取る用と残す用の2冊を購入していました。




前回の方法に従うなら、今回購入した2冊ももう一冊ずつ買い増ししなければなりません。1万円弱の出費で手に入るのがペラペラの薄い紙の安っぽいカードというのはどうにも納得がいきません。
そこで、このカードを作ってしまえないだろうかと考えました。どうせ作るのならそれなりにしっかりしたものにしたいです。
どこまで贅沢ができるかは財布と相談ですが自分用と自分用の予備、友人用の3セット確保できればおk。逆に小ロットすぎて無理があるような気がしますが、オンデマンド印刷で何とかできないものか、詳しい人に相談してみようかと画策しています。
顛末がどうなるかは今後の展開次第ですが、なんとか作れるよう頑張ってみようかと思います。

2012年7月12日木曜日

TRPGを遊ぶ上で一番大切なテクニック

もう長いことTRPGを趣味として遊んでいますが、最近あちこちで目にすることが増えたと感じることがあります。
それは、プレイに参加する人間の怠慢によって起こるトラブルです。実際の所、私の現在のプレイ環境は実に恵まれていてそのようなトラブルに巻き込まれる事は皆無なのですが、ネタ探しなどのためにTRPG関係のサイトを回っていたりすると、こうした参加者同士が解決しようと努力すれば簡単に解決しそうなトラブルが重大な問題かの如く書かれているものに遭遇することが多いのです。

例えばそれは、PCの設定とシナリオの方向性がかみ合わないからPCの設定的にシナリオに従うことはできない。GMはそのようなシナリオを変更するか、PCが納得できるようなシーンを追加するべきだ。と言った論調であったりします。
また別のケースでは、PCに判断するに足る十分な情報を出さずに、PLがシナリオ通りに動かない。それはPLが下手だからだと言った論を展開していたりします。

前者のケースならば、PCの設定をシナリオに寄せる方法を考えるとか、PCの行動を提案することで必要なシーンを作り出すためのアプローチをしてみるなど、PLとしてできることが沢山あるにもかかわらずそれをせずに全てをGMに転嫁していますし、後者はGMの果たすべき役割のほぼ全てであると言っても過言ではない情報提供を充分に行わずにPLを下手だと断じるなど論外です。
これらは、参加者全てがセッションに対して均しく果たすべき役割と責任があるということを無視して、自分の楽しみだけを追って責任を放棄した結果、結局ゲームがgdgdになり自分自身も楽しめないという見事なブーメランだと考えられます。


極論してしまえば、TRPGは誰が遊んでも楽しく遊べる遊びではありません。ゲームの進行が参加者の会話によって成立するという性質のために非常に悪意に弱い遊びなのです。TRPGを楽しむためにはまず、自分だけが楽しむのではなく皆で楽しむという意識と、PLとGMはゲーム内における役割は違えど責任は等価なのだという認識が必要です。
そうした難しさの反面、参加者すべてが他の参加者を尊重し互いのアイデアや表現、行動がうまくかみ合った時、他のコンシューマーゲームやMMOなどでは得ることのできない一体感や達成感を得ることができるのです。
これこそが、TRPGがコミュニケーションのゲームであると言われる所以ではないでしょうか?


皆で物語を紡ぐことを楽しむにせよ、ハックアンドスラッシュの戦術やスリルを楽しむにせよ、この認識を持つことがTRPGを遊ぶ上で最も重要なテクニックなのではないかと思うのです。