もう長いことTRPGを趣味として遊んでいますが、最近あちこちで目にすることが増えたと感じることがあります。
それは、プレイに参加する人間の怠慢によって起こるトラブルです。実際の所、私の現在のプレイ環境は実に恵まれていてそのようなトラブルに巻き込まれる事は皆無なのですが、ネタ探しなどのためにTRPG関係のサイトを回っていたりすると、こうした参加者同士が解決しようと努力すれば簡単に解決しそうなトラブルが重大な問題かの如く書かれているものに遭遇することが多いのです。
例えばそれは、PCの設定とシナリオの方向性がかみ合わないからPCの設定的にシナリオに従うことはできない。GMはそのようなシナリオを変更するか、PCが納得できるようなシーンを追加するべきだ。と言った論調であったりします。
また別のケースでは、PCに判断するに足る十分な情報を出さずに、PLがシナリオ通りに動かない。それはPLが下手だからだと言った論を展開していたりします。
前者のケースならば、PCの設定をシナリオに寄せる方法を考えるとか、PCの行動を提案することで必要なシーンを作り出すためのアプローチをしてみるなど、PLとしてできることが沢山あるにもかかわらずそれをせずに全てをGMに転嫁していますし、後者はGMの果たすべき役割のほぼ全てであると言っても過言ではない情報提供を充分に行わずにPLを下手だと断じるなど論外です。
これらは、参加者全てがセッションに対して均しく果たすべき役割と責任があるということを無視して、自分の楽しみだけを追って責任を放棄した結果、結局ゲームがgdgdになり自分自身も楽しめないという見事なブーメランだと考えられます。
極論してしまえば、TRPGは誰が遊んでも楽しく遊べる遊びではありません。ゲームの進行が参加者の会話によって成立するという性質のために非常に悪意に弱い遊びなのです。TRPGを楽しむためにはまず、自分だけが楽しむのではなく皆で楽しむという意識と、PLとGMはゲーム内における役割は違えど責任は等価なのだという認識が必要です。
そうした難しさの反面、参加者すべてが他の参加者を尊重し互いのアイデアや表現、行動がうまくかみ合った時、他のコンシューマーゲームやMMOなどでは得ることのできない一体感や達成感を得ることができるのです。
これこそが、TRPGがコミュニケーションのゲームであると言われる所以ではないでしょうか?
皆で物語を紡ぐことを楽しむにせよ、ハックアンドスラッシュの戦術やスリルを楽しむにせよ、この認識を持つことがTRPGを遊ぶ上で最も重要なテクニックなのではないかと思うのです。