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2012年10月7日日曜日

凍てつく春の泉・1


秋も終わりに近付き、木枯らしの吹き始める頃。人里離れた谷に住む魔術師の元に「雪を降らし続ける雲」を創って欲しいという依頼が持ち込まれた。
大気や自然を操る術を得意とする魔術師ゲオルギウスにとって、それを創る事自体はさして難しい事ではないが、一つ間違えると扱いに困る代物であるのは事実である。従って本来なら即刻断るところであるが、その依頼を「さる高貴なご婦人のために」と持ち込んで来た身なりの良い男は、その礼の品にと貴重な魔法資源であるウィースを幾つか持って来たので、ゲオルギウスも渋々を装って「雪を降らし続ける雲を発生させる宝珠」を創り出して依頼人に渡してやったのであった。




冬も終わり、暖かな風が吹き始めたかと思うと、野には可憐な花が溢れ始めた。爽やかな風が吹き、木々の新緑も目に鮮やかになってきた頃。
この地方の領主に仕える騎士達3人は揃って主君に呼び出された。気の良い力持ちの大男サミュエル、馬術に長けた小男ファレル、数々の女性と浮名を流す色男セバスチャンの3人は、同じ時期に騎士の叙任を受け、性格も考え方もまるで違いながらも、妙に気の合う仲間であった。
主君の話によれば、彼らの先輩にあたる騎士がひとり行方不明になっているのだという。荘園を長い事主人不在のままにする訳にもいかず、このまま放っておく訳にもいかないと、探索の旅を命じられたのだ。
彼を捜す手がかりを周囲にたずねてみると、その騎士は「冬の女王に逢いに行く」と言っていたそうだ。「冬の女王」という名前に心当たりはないか考えてみたところ、サミュエルが昔読んだ本の事を思い出した。
山奥に湧く泉に住み、霜と雪の間この辺り一帯に君臨する妖精の女王。女王がその力を振るえるのは秋と冬の間だけで、春が来ると「春の娘」と呼ばれる若い娘の妖精にしばしその座を明け渡すのだという。その話が真実なら、今は春で女王は既に姿を隠しているはずだ。
「もう女王がいないなら戻って来そうなものだが」
「帰る途中で何かあったのかもしれないぞ」
しかし、いくら考えていても仕方がないので直接その泉に向かう事にした騎士達は、そのついでに通り道にある魔術師の所へ知恵を借りに行く事にした。

3人は魔術師が好むという、「火のつくような強い蒸留酒」と「上質の綺麗な布地」を手土産に出立。布地の方には特に何の興味もないが、酒に関しては全員が気になるところだった。何せ若い騎士の身分ではそうそう手の届かない希少で高級な酒、主君が苦心して手配してくれた物である。
「どんな味がするのだろう?」
「うん、きっと味わった事もないような美味に違いない」
そんな事を言い合いながらも、ファレルとセバスチャンは良心に従ってきちんと我慢した。しかしサミュエルだけは、「ほんの一口だけ」「元通りちゃんと蓋しておけば大丈夫」という誘惑の声に負け、こっそりと酒を一舐めして幸せな思いをしたのであった。
やがて一行は無事、人けのない谷にひっそりと建つ魔術師の庵に到着した。
腰の曲がったかなり高齢の付き人に取り付いでもらい、簡素な応接間でしばらく待たされる事となる。

その頃、魔術師の庵には先客があった。近くの山のふもとにある村に住む猟師である。春になっても一向に雪が溶けず、寒さが和らぐ気配もないどころかまだまだ雪が降り続いている、このままでは村全体が凍えて死んでしまうと助けを求めに来たのだ。やはり自然の摂理をねじ曲げるというのはどこかに支障をきたすものらしい。
そこへ、騎士達の来訪が告げられたため、魔術師は猟師を待たせて騎士達の話を聞いてみる事にした。

待っていた騎士達の元に現れたのは、自分達よりもよほど若く見える、灰色のローブを纏った痩せた神経質そうな青年と、幾重にも重ねた桃色の薄衣に包まれた可憐な少女。青年は魔術師ゲオルギウス、少女は同じく魔術師ミーティスと名乗る。魔術師というのはかなり高齢なのだろうと思っていた騎士達は驚き、皆一様に愛らしいミーティスにほのかな憧れの心を抱くが、魔術師というのは魔法を用いて延命、更に外見の若さをも保っているので、実はこの二人も齢百を優に越えているのであった。
早速用件を告げ、手土産を差し出すとミーティスは無邪気に大喜び。しかしゲオルギウスの方は受け取った酒瓶をためつすがめつして、手放しでは喜べない様子。よくよく見なければ気付かないが、酒呑みの根性としてはわずかに減っているように見え、どうも誰かが先に手を触れたような気がして仕方がないのだ。その様子を見て騎士達は首をかしげるが、一人サミュエルだけは密かに冷や汗をかいている。
やがてゲオルギウスは何やら魔法の呪文を唱え、一人一人に問うた。まずはセバスチャンに、
「汝はこの酒を飲んだか?」
「いえいえ、滅相もない。それは我が主君よりあなた様にと賜った物で、大変に貴重な物だと聞いております」
魔法の力でもし嘘を言っていればすぐに分かるのだが、真顔でしっかりと目を見て答えるセバスチャンは嘘はついていない様子。頷いたゲオルギウスは続いてファレルに、
「汝はこの酒を飲んだか?」
「飲んでおりません。いくら美味しい物でも、飲んではいけない物はいけない」
こちらもしっかりと目を見て答えるファレル。最後はサミュエルの番だが、そもそも目を合わせようとしない。
「汝はこの酒を…」
「ごめんなさい、飲みましたぁー」
この期に及んで白を切り通す事は出来ないと悟ったサミュエルは素直に犯行を認めたが、
「ふむ…その行いには相応の報いを与えねばならんな」
と、ゲオルギウスはまた何事か呟きながらサミュエルの鼻にちょんと触れた。サミュエルは驚き慌てたが、特に何事も起こる様子はない。ホッとしたのも束の間、
「良いか、これより月が一巡りするまでの間、もし汝が嘘をつこうものならその鼻が伸びてゆくからそのつもりでな」
「え、ええぇぇえ⁉」
焦るサミュエルをよそに、
「なに、嘘さえつかねば良いのだ、難しい事でもなかろう?で、何用があって来たのだったかな?」
他人事のようにそう言うゲオルギウスに3人は再び代わる代わる説明した。
「うむ、事情は分かった。しばし待たれよ」
そう言ってミーティスを連れて行き、奥の間で何やら内緒話を始める魔術師二人。
「これは……どう考えても、あれだな」
「ええ、どう考えても」
「あの時は依頼人の素性や事情も鑑みて深くは詮索しなかった訳だが」
「でも、放っておくといずれゲオルギウス様があれを創った事もバレますよ」
「……バレるかな?」
「ええ、おそらくは」
やがて騎士達の元に戻って来たミーティスが、
「話が決まりました。私達もあなた方に同行致します」
と、にっこり微笑みながら告げる。
「え?でもそこまではさすがに……」
「我々は助言を頂きに参っただけで……」
予想外の提案にとまどうファレルとサミュエルが言い終わるのも待たず、
「そうですか、それは心強い!何分よろしくお願いします!」
と、一人飛び付かんばかりの勢いで満面の笑みを浮かべるセバスチャン。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「お任せください!このセバスチャン、命に代えても道中お護り致します!」

こうして、魔術師二人と騎士3人は山奥の泉を目指す事となった。山のふもとの村までは先に魔術師の元に助けを求めに来た猟師が案内を務める。特に何事もなく村までたどり着いたので、一晩の宿を取る事になった。
「では魔術師様、大したおもてなしは出来ませんが村長がお待ちしておりますので」
「うむ。多少、供の者が増えてしまったがな」
これには、ゲオルギウスの一言を聞き流せなかったファレルがかなりカチンときた様子で、
「いかに力のある魔術師といえど、騎士たる我々を供の者呼ばわりとは何事か!」
と、激昂して食って掛かる。
「まあそう怒るな、言葉の綾だ」
大して悪気もなさそうなゲオルギウスの態度は火に油を注ぎかねなかったが、サミュエルとセバスチャンもファレルをなだめ、
「口は災いの元ですよ」
ミーティスに諌められたゲオルギウスが、
「分かった、悪かったな」
と、謝罪を口にする事でファレルも納得し、この場は丸く収まった。

翌朝、村を出発する事となる。村の水汲み場には山の泉から下ってくる小川の水が注ぎ込んでいるため、一行はその小川に沿って山を登る事にした。
この先は山道となるが、馬術の得意なファレルが愛馬を連れて行きたいというので、そのための方法をあれこれと考えた結果、ゲオルギウスが足元の地面を操って平らにし、歩く場所だけが山道ではなくなるという方法で解決する事になった。
春も半ばを過ぎたというのに村の周囲には雪が積もり、ひどく冷え込みが厳しい。昨日は気付かなかったが、何故か魔術師二人は既にしっかりと暖かそうな毛皮にくるまれている。何も知らない騎士達も村人同様に凍えるところだったが、山に行くならと過剰な用意をしていた心配性の従者のおかげで事なきを得たのであった。

雪の山道を黙々と登って行く。しばらく行ったところで、突然、前方から風を切って雪玉が飛んできたかと思うと、見事サミュエルに命中した。その後も間髪を入れず次々雪玉が飛んでくる。
見れば、雪だるまに手足の生えたような姿の雪の妖精が雪を丸めては投げつけて来ているのだ。しかも、どうやら魔術師二人は狙わず、騎士達だけを標的にしているようだ。
「いててて、こら、やめないかっ!」
サミュエルが赤ら顔を更に真っ赤にして怒鳴っても、雪の妖精達は怖がるどころかサミュエルを指差しケラケラと笑っている。かなり頭には来たが、ここで怒るのも大人げないので騎士達はぐっと我慢した。しかし、相変わらず投げつけられて来る雪玉は結構本気で痛い。
尚もけたたましく笑っている妖精達を転がさんばかりに、いきなり一陣の強い風が吹き付けた。
「このいたずら小僧どもめ!戻ってお前達の主人に客が来たと伝えて来るがいい!」
ゲオルギウスが魔法で突風を起こし、妖精達にぶつけたのだ。びっくり仰天した様子の妖精達は転がるように姿を消した。
妖精達を追い払った一行が一息ついていると、上空から澄んだ鈴の音が降ってきた。空を見上げても灰色の分厚い雪雲がどんよりと垂れ込めており、特に変わった物は見えない。鈴の音はそのまま山の上の方へと遠ざかって行った。

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