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2012年10月7日日曜日

凍てつく春の泉・2


やがて、山の頂上までやって来た。少し平らになった頂上には確かにちょっとした広さの泉があったが、表面には見るからに分厚そうな氷が張っている。その真ん中に、キラキラと輝く氷で出来た小さな城が建っているのが遠目からでもよく見えた。
そしてその真っ白な門の前には、がっしりした白熊ががっちりと鎧を着込み、巨大な棍棒を手に仁王立ちしているのがこれまた遠くからでもよく見えた。万が一戦う事にでもなったら先ほどの雪だるま達を相手にするような訳にはいかないだろう。そんな恐ろしい事態は極力避けたいところである。




「どうしたものだろう?」
「何とか平和的に中に入れれば良いのだが……」
「そうだ、贈り物を渡したいと言ってみるのはどうだろう?」
「…あれに言葉が通じると良いがな」
「まあ、二足歩行する白熊だし、普通の白熊ではないだろう」
そう言いつつ、事を穏便に運ぶために泉の主に贈り物を持って来ているのは事実なので、それを白熊に伝えてみる事にした、までは良かったが、
「……ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「ここに今いるのは、冬の女王、の方だよな」
「まあ、そうだろうな」
「我々が持って来たのは……まずくないか?」
「あぁっ、そうだった!」
そんなやりとりを聞いて、何か問題でもあるのかと訝る魔術師に、騎士達は持参した贈り物を広げてみせた。
丁寧に畳まれたそれは、柔らかな色合いの薄衣で花をモチーフにした、いかにも若々しく華やかなドレス。当然、春の今、泉の主であるはずの「春の娘」のためにあつらえられたドレスであった。こんな物を持って行ったら、女王の機嫌を取るどころか逆鱗に触れかねない。騎士達が頭を抱えていると、
「あら、そんな事でしたら……」
事もなげに言ったミーティスが、ゲオルギウスから小さなつららのような物を受け取り、ドレスを撫でながら何事か呟く。見る間にドレスは純白の、雪の結晶のモチーフと氷の欠片のようなさざれ石をレースにあしらったしっとりと落ち着いた物に変わっていった。
「こんなところでどうでしょう?」
「うむ、これなら年増…いやいや、妙齢のご婦人にも似合うであろうよ」
「ですから、口は災いの元だと申しますのに」
驚嘆する騎士達にミーティスが見事に変化したドレスを渡す。一行はそれを手に、武装した白熊の前に進み出た。不審そうにこちらを見やる白熊。
「我々は山のふもとより参った。是非とも女王にお目通り願いたい」
言葉が通じるかどうかも分からないままに呼びかけてみると、
「我が主に何用か?」
と、白熊はきちんと人間の言葉で答えた。内心その事に驚きつつも、
「女王に敬意を表すため、贈り物を持参したのだ。是非直接受け取って頂きたい」
そう告げると白熊は少し考えていたが、やがてその場で待つようにと言い、城の中にどすどすと入って行った。

言われた通りしばらく寒さに耐えながら待っていると、やがて城の正面の高い小窓が開き、雪のように白い肌と氷のような銀髪を持つぞっとするほど美しい女性が顔を覗かせた。その瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を受けたセバスチャンはすっかり女王の美しさに参ってしまい、
「麗しき女王様!あなたのためにささやかな贈り物を持って参りました!どうぞお受け取りください!」
と、目を輝かせながらそのまま突進していかんばかりの勢いでドレスを差し出す。セバスチャンの気勢に若干たじろいで身を引きながらも、
「そうか、わらわのために大儀であったな。今、門を開かせよう」
と、女王も好意的に返答をよこす。しかしそこへ、
「ちょっと待ってくれ」
と、割って入る声があった。
「私という者がありながら、何故あのような者に色目を使うのだ」
そう言いながら女王の隣に現れたのは騎士達3人が探しに来た、騎士ナバールの姿であった。
「どうか思い出して欲しい、私があなたのために苦労して持ち帰ってきたあの素晴らしい贈り物の事を。あれがあれば、春の娘にとって替わられる事なくずっとあなたの天下なのではないか」
熱心に女王をかき口説いているナバールに、
「ナバール卿、我々はあなたを探しに参ったのですよー」
「一緒に城に帰りましょう、皆心配しておりますー」
サミュエルとファレルが大声で呼びかける。
「帰る気は毛頭ない。皆には申し訳ないが、ここで女王と共に過ごす事こそが私の望みなのだ」
即座にきっぱりと言い切るナバールに、
「我々もここまで来てこのまま帰る訳にはいかないのですが」
「つまり、我が主君への忠誠よりも女王への愛を選ぶと、そういう事ですね?」
ファレルとサミュエルの説得にもナバールはがんとして応じる事なく、帰るつもりはないとの一点張り。
「私の女王への愛は何物にも勝るのだ」
「ちょっと待ってください、それは聞き捨てなりませんぞ」
ゆらりと立ちはだかったのはセバスチャン。主君への忠誠より女王への愛を優先させるとは何事か、という話かと思いきや、
「女王への愛なら私だって負けていませんよ!」
堂々と言い放つセバスチャンに、
「今現れた新参者が何を言うか!」
「愛は時間ではありません、深さです!」
両者一歩も譲らないまま、
「そこまで言うなら決闘だ!」
「望むところです!」
一同呆気に取られるうちに、何故か女王の愛をかけてナバールとセバスチャンが決闘を行う事になってしまった。半ば呆れつつも、騎士の決闘に水を差す訳にもいかず、
「では、私が立会人を務めましょう」
サミュエルがそう申し出た。
「……今のうちですね」
ミーティスが囁くと、ゲオルギウスはうなずき、
「おい、そこの」
と、所在無げなファレルを手招きして、
「あの色男が決闘、でっかいのがその立会人となると、お前さん、手は空いとるのだろう?実況などしてやると女王にも決闘の様子が伝わって盛り上がるぞ」
実際には、自分達の所業を女王は元より騎士達にも気付かれぬようにするための策なのだが、それを告げずにファレルを誘導する辺りがゲオルギウスの計算高いところであろう。そんな事とは露知らず、
「なるほど、それは面白そうですね、やってみます!」
と、素直にうなずくファレル。

こうして決闘が始まった。ナバールとセバスチャン、両者の実力はほぼ互角。互いに打ち合いながらも鎧に阻まれ、なかなか致命傷には至らない。
「ナバール卿の鋭い突き!しかしセバスチャン卿、盾で受け流した!おぉっと今度はセバスチャン卿斬りかかる!惜しい!」
ゲオルギウスに入れ知恵された通り、ファレルが散々決闘を煽り、女王も果たして自分の寵愛を手にするのはどちらかと興味津々で見つめている。
その間に魔術師二人はそっと人の輪から離れ、雪雲の宝珠を探し始めた。まず周囲の魔力を感知するのはミーティスの方が得意なので、宝珠がどこにあるのかを魔法感知で探る。
「……ありました」
ほどなくミーティスは、女王の城を指差した。目をこらしてみれば、確かに城の中でも一番高い尖塔のてっぺんに、目立たないように宝珠がはめ込まれているのが見えた。
「ふむ…ちと遠いが……やってみるしかないようだの」
元々ゲオルギウスの創った物とはいえ、遠くの物を魔法で破壊するのはやはり大変だ。より確実な効果を期するなら、呪文の詠唱や身振りを大きく行わなければならず、周囲に気付かれる可能性も高くなるが、他の者は皆、騎士二人の決闘に釘付けになっている。ゲオルギウスは最大限に使える手段を駆使して、破壊の魔法を行使した。
劇的な変化はない。しかし、ゆっくりと、だが大きな亀裂が確実に宝珠に入ったのを確認し、魔術師二人は静かにうなずき合った。

その頃、長らく打ち合っていた騎士達の決闘も佳境に入りつつあった。一時はセバスチャン有利に進んでいたかと思われた形勢は逆転し、ナバールがセバスチャンを打ち負かそうとしている。
「言っておくがセバスチャン卿、私が勝ったら容赦はしないからな」
冷酷なナバールにあわや息の根まで止められそうになったセバスチャンだったが、
「だからこのために立会いに入ったんだ!立会人にそこまで、と言われたら止めないといけないでしょう?」
と、サミュエルが止めに入り、何とか事なきを得る。
「そこまで!勝者、ナバール卿!」
高らかな宣言と共に決闘は終わり、
「では女王、今のお気持ちを一言」
実況していたファレルが感想を求めると、
「ええ、まあまあ、だったわね。本当はクールな男の方が好きなのだけど、たまには熱くなるのも悪くないわ」
そう女王も機嫌良く応じる。
しかし、とどめを刺されずにすんだとはいえ、負けたセバスチャンは血だらけのひどい怪我でもう虫の息だ。サミュエルが慌てて手当てをしているが、血止めをするだけで精一杯。
そこへ戻ってきたミーティスが、
「私が代わりますわ」
と、後を引き取り、魔法でセバスチャンの傷を癒していった。ほどなく傷もふさがり、元気に起き上がったセバスチャンはしっかとミーティスの手を握り締める。
「あなたの介抱のおかげで命拾いをしました。このご恩はいつかきっとお返しします!」
「いえ、お気持ちだけで大丈夫ですのよ」
やんわりとミーティスに拒否されるセバスチャンから晴れて女王の愛を勝ち取り、この城に残るナバール。帰らないのは自分の意思であるという旨の手紙と、その証拠となる印章指輪を受け取り、一行は山を降りる事にした。
「そなたの冬は、そう長くはあるまいよ」
去り際にナバールに向かい、謎めいた笑みを浮かべてゲオルギウスが告げる。

山を下り、無事にふもとの村にたどり着いてまた一泊する。翌朝には早くも暖かな風が吹き始め、雪が緩み始めたのがはっきりと見てとれた。
氷の城に残ったナバールの運命は、神のみぞ知る。
そしてその後、月が一巡りするまでの間に、サミュエルの鼻に異変が起こらずにすんだかどうかも、また神のみぞ知る。

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