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2014年9月24日水曜日

ハロウィン・ラプソディ・1

秋の深まりと共に、木々も鮮やかな赤や黄色に染まり、少しずつ寒さの増してくる季節。


ハロウィンの祭りを1週間後に控えたサラドの街は、うきうきした空気に包まれていた。
オレンジや黒の、カボチャや蜘蛛の巣が街のあちこちを飾り、お化けや猫をかたどったお菓子が溢れている。

そう、ハロウィンと言えばカボチャとお菓子が付き物だ。
街で評判の人気店、ここ「カフェ・ファリーヌ」の一角にも当然ハロウィンコーナーがしつらえられ、可愛らしいお菓子がたくさん、オモチャ箱のように詰め込まれていた。

しかしその中に、連日売り切れ必至の、一番人気のパンプキンパイが見当たらないのはどういう訳だろう。
あれはわざわざ隣街から買いに訪れる客もいるほどの品だ。今年から店に出さないとは考えにくかった。
パイはおろか、タルトもプディングも、クッキーさえも、カボチャを使ったものは一つもない。
そろそろそういったカボチャの菓子を出しても良いのではないか、いやむしろ遅いくらいだろう。

早朝に焼き上げられた、カボチャの入っていないカボチャ形のクッキーを並べながら、アリスは首を傾げていた。
アリスはこの春からこの洋菓子店に勤めている魔女の少女だ。

この街にはアリスのような本物の魔女が少なからず暮らしている。そしてそれは別段珍しい事でもない。
もっとも、魔女になるのは必ず13歳からと決まっていて、アリス自身はここに勤め始めるほんの少し前に魔女になったばかりだから、まだまだ新米魔女といえよう。


一通り商品の補充を終え、後は開店を待つばかりというところで、奥からこの店の主人、ファリーヌが現れた。
自ら店に立つ事も多いファリーヌは、今日も明るい金色の長い髪を高い位置で結い上げ、その愛嬌のある顔立ちには、アリスが着ている物と同じ、白にレースをふんだんにあしらったブラウスとスカートに、ピンクのエプロンが実によく似合っている。

「あのね、アリスちゃん。ひとつお願いがあるんだけれど……」
無言で頭を下げたアリスに、ファリーヌがにっこりと話しかけてきた。
「ちょっと困った事があってね……もう気付いてると思うんだけど、今年はカボチャのお菓子がないのよ。ううん、作りたくても作れないの」

ファリーヌの話すところによると、入荷するはずだった材料のカボチャが品切れで入ってこないのだという。自分は店を離れる訳にはいかないので、アリスに八百屋まで行って状況を聞いてきてほしいというのだった。
「お願い出来る?勿論その間のお給金もきちんと払うから」
重ねて問われ、アリスが無言のままでうなずくと、ファリーヌは安心したように笑顔を見せた。
「良かった、じゃあ悪いけど早速お願いね」


ちょうどその時、店のドアについているベルが軽やかな音を立て、今日一番の客が入って来た。
アリスと同じ時期に魔女になった、言わば同期の少女、オルセだった。

オルセは大きな名家の一人娘であり、現在は箒に乗って空中で行われる球技のプロスポーツ選手として活躍している。
魔女となり独り立ちしてからも裕福に暮らしている彼女は、毎朝決まった時間に焼き立てのパンを買いに来る常連客なのだ。

オルセの後をしゃなりしゃなりとついてきていた猫が店のドアの前でピタリと止まり、菓子などには興味はないとばかりについっと横を向く。
取り澄ましたその猫の毛皮は全身淡いピンクで、ところどころに小さなリボンのような模様が飛んでいる。
同じようにオルセの服も、上品な落ち着いたピンクに、小さなリボンが控えめにあしらわれたものだ。
ややくすんだ色味の金の髪をすっきりと切り揃え、軽く陽に焼けた肌のキリッとした顔立ちに深緑の目をしたオルセにピンクのリボンというのは、甘すぎもせず、ボーイッシュに過ぎる事もなく、不思議とミスマッチな魅力を醸し出している。

魔女というのは必ず、自分のパートナーとなる猫を連れているものだ。魔女とその猫の間だけでは会話が通じる。たとえ魔女であっても、他の魔女のパートナーである猫とは会話が出来ない。
そして魔女というのは、自分の猫の毛皮と同じ色、柄の服装をするのが慣わしとなっている。
魔女猫の中には突飛な色柄のものも多くいるため、ピンクが飛び抜けて奇抜だという訳でもないのだ。


「あらアリス、どうしたの?朝から難しい顔しちゃって」
そう声をかけてきたオルセを相変わらず無表情に見やったアリスは、
「ふん、貴様には関係のない事だ!」
そう言い放つや、呆気に取られるオルセの脇を抜けてそのまま外へ出て行こうとする。

「ちょっとちょっと!もう、何言ってるのこの子ってば!」
ファリーヌの方が慌てたように声を上げ、助け船を出してくれた。
カボチャの入荷がない事を話し、アリスに八百屋の様子を見に行ってもらうつもりだと説明する。
「もし良かったら、オルセさんも一緒に行ってみてもらえないかしら?この子一人だとどうも不安だし……」
「ハロウィンなのにカボチャがないなんて寂しいですものね、勿論いいですよ。今日はトレーニングもないですし」
オルセは快くうなずいた。
行きつけの店に菓子がない、という事以上に、ファリーヌはオルセやアリスの先輩に当たる魔女なのだ。上下関係の厳しい世界で育ってきたオルセにとって、先輩に頼まれれば断れないのは当然の事である。

「そうですね…タルトひとつで手を打ちます!」
半ば冗談で提案したオルセに、ファリーヌは再びにっこりと微笑んだ。
「勿論、カボチャさえ手に入ればそれぐらいはお安い御用よ。特別予約分として焼いてあげるわ」
二人がそんな会話をしている間にアリスは黙ったままくるりと向きを変え、店の奥へ消えて行った。


しばらくして戻ってきたアリスは、ガラリと雰囲気の違う私服に着替えていた。レースがふんだんに使用されているところはファリーヌお気に入りの制服と同じだが、黒を基調に赤をアクセントにしたゴスロリドレスで、片方の目には黒い眼帯を着けている。
魔女の象徴たるマントも黒に赤の裏地、やや襟の立ったものだ。
結っていた長い真っ直ぐな黒髪を下ろし、透き通るほど色の白いアリスにその衣装はよく映えている。

そしてアリスの足元には、いつの間にかマントと同じ色、つまり背中側は漆黒だが腹側は真紅の毛並みの猫が控えていた。
しなやかに優雅なオルセの猫とは違い、こちらは引き締まった体躯に精悍な顔付きをした猫で、毛の先はところどころラフにピンピンとはねあがっている。
猫同士もお互いをチラリと眺めやっただけで特に挨拶を交わそうともしないようだ。

「準備出来たみたいね?」
オルセの問いかけに、無言のままながらアリスがうなずいてみせた。






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