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2014年10月21日火曜日

ハロウィン・ラプソディ・2

同じ頃、街の北側にある劇場の練習室は、一人の少女と一匹の猫によって占拠されていた。

防音の設備も整ったこの劇場では特に周囲から苦情が来るような事もなかったが、部屋の中は、少女の話し声に、よく言えばパワフル、悪く言えば少々騒々しいギターの音と、それに負けじと張り上げられた猫の鳴き声が入り混じってかなり喧しい状態になっている。

「ねー聞いて!先月はライブも結構出来たから、今月のお給料はなんといつもの2倍よ、2倍!」
「おおっ、そりゃすげー!これで毎日パンケーキばっかりの生活とはおさらばだなっ?」
闊達に話す少女の、少し縮れた長い銀色の毛の先はてんでんばらばらにはねたりもしているが、黒っぽい服に身を包み、鮮やかな青いギターを抱えた少女本人はあまり気にする風もない。

「うん、だからね、思い切って前から欲しかったギター買っちゃった!お給料全部つぎ込んじゃったけど、これでまたガンガンライブするわよー!」
「ばーかーやーろーぉっ!そんな事したらまたパンケーキだけになっちゃうじゃねーかっ!」

窓辺に寝そべっていた猫が立ち上がって毛を逆立てた。真っ黒に見えていた猫の毛が朝日に当たり、金属のような光沢を持つ青や緑が黒の間にちらちらと見え隠れする。猫の方へ歩み寄る少女の黒い服も、光を反射して青や緑に瞬いて見える。

「まーまーそう言わないで。一日3時間ブラッシングしてあげるから。ね、ティム?」
「うーっ……しょ、しょーがねぇなあ、じゃあそれで特別に我慢してやるよっ……」
そう言ってまたその場に丸まりそうになった黒猫ティムを、側に来た少女がひょいっと抱えあげる。

「じゃ、そろそろここ借りてる時間も終わりだし、ファリーヌさんとこ行っていつものパン買いましょ」
「おう、焼き立てパンだなっ?」
「焼き立てパンの耳、ね?」
律儀に訂正する少女にこれ以上文句を言っても無駄なようだと早々に悟り、いつもの事だとうなだれるティムであった。


「おうルチュ、いいとこにいてくれた!ちょっと頼みたい事があるんだが……」
劇場を出て歩き始めた途端、黒猫と青いギターを抱えてご機嫌な少女にそう声がかかる。

声をかけて来たのはがっしりと大柄な男性で、劇場のすぐ近くに大きな酒場を構えているナバールという人物だった。

「ん?ナバールさん、あたしに何か用?」
灰色髪の少女、ルチュはご機嫌なまま立ち止まる。
「ああ、ちょっと困ってるんだ。あんた確か魔女だったよな?」
「ええ、そうよ!」

胸を張って見せるルチュにナバールが話すところによると、自分の店の裏手に小さな空き家があるのだが、最近そこで奇妙な事が起こるのだという。
夜になるとしくしくと女の子の泣き声が聞こえるのだが、誰もいる気配はない。このままではどうも気味が悪いので、何があるのか調べてもらいたいというのだった。

「んー?オバケでもいるのかな……どーするよルチュ?」
そう問いかけるティムの言葉は、ナバールには普通の猫の鳴き声にしか聞こえない。
「そうねぇ……ナバールさんにはお世話になってるし、調べてあげてもいいわよ!」
特にためらう様子もなく言い放つルチュ。
「お代はライブ1回ね!」
「あー、うん、まあ……大物ミュージシャンの前座って事でも良けりゃ……」
「つまり対バンって事ね!」

こうしてあまり人の話を聞くことなくナバールの頼み事を引き受けたルチュは、紙にさらさらと何やら書き付け、その紙と硬貨をハンカチにくるんでティムの首に結び付けた。

「じゃ、あたしは早速その空き家とやらを見に行って来るから!ティムはお使いお願いね!ちゃんといつものパンの耳くださいって書いといたからね!」
「おいおい、まだ朝だぜー?」
「あー、昼間は特に変わった様子はないが……」
ティムの鳴き声とナバールの言葉が重なるが、ルチュは一向に気にする風もなく、陽気に手を振って、さっさと方向を変えて歩き出した。

「大丈夫か…?」
「にゃあ……」
再び、言っても無駄だと悟りうなだれたティムも、こうなれば早くお使いを済ませて合流しようと反対方向へ向けて歩き出すのであった。


ティムが目指す店の前にたどり着くと、そこには淡いピンクにリボン柄の猫がすました様子で座っていた。

「おー、リリア、久しぶりー!お前もパンの耳買いに来たのか?」
「パンの耳じゃなくて、焼き立てふわふわパンよ」
ちらりとティムの方へ視線を投げたピンクの猫、リリアが気取った表情のままでそう答える。

そこへ、尻尾をぴーんと立てた漆黒の、よく見ると腹側だけは真紅の猫がずかずかと歩いて来た。

「あれ、ノブナガじゃねーか、珍しいな?普段は店の奥にいるのに」
声をかけられた黒赤のアリスの猫、ノブナガは一瞬ティムの方を向いたもののそのまま立ち止まろうとはせず、
「これから出陣なのじゃ!」
と勇ましく叫び、意気揚々と歩き続ける。

「よし皆の者、続け!」
「おおっ?お館様ーっ?」
条件反射というかその場のノリで思わずノブナガの後について行くティムに、リリア、そして魔女猫達のパートナーであるアリスとオルセが続く。

「んで?どこまで行くんだこれ?」
「八百屋へ出陣するのじゃ」
「何かね、カボチャがないか聞きに行くらしいわよ。カボチャなんか美味しくもないのに」
「ふーん。うちのルチュ、好きだけどなカボチャ。まあ食えるもんなら何でも食うけどな、あいつ」

猫達がそう鳴き交わしている横で、オルセも何くれとなくアリスに話しかけているが、アリスから返ってくるのは「ああ」とか「いや」といった短い返事ばかりである。

それでも、別に話を聞いていない訳ではない事くらいは分かっていたので、オルセも特に気にする事はなかった。

「毎朝お店で会うけれど、ゆっくり話すのは久しぶりよね。魔女夜会以来かしら?……あら?」
そこまで言ったところで、ふとオルセは改めて周りを見回した。
「そう言えば、ティムはいるのに……ルチュは来てないの?」
「あー、何かオバケ屋敷見に行ってるぜ」

水を向けられたティムの非常にざっくりとした説明をリリアがそのままオルセに伝える。
さすがに状況が把握出来なかったらしく目を丸くするオルセを見て、ティムが面倒そうに説明を加えていった。

「ひとりで大丈夫なの、それ?」
「ナバールの酒場なら八百屋に行く途中に通る……」
誰にともなくボソリと言葉を発するアリスも、どうやら心配しているらしい。
「そうね、念のため見に行ってみましょ」
「……そうだな」
そんな事を話しつつ一行は歩を進めた。

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