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2014年10月29日水曜日

ハロウィン・ラプソディ・3

その頃、空き家を見に行ったルチュの方はといえば、早速ナバールから鍵を受け取り、空き家の中に入り込んでいた。
薄闇に目が慣れるのを待つつもりもなく、閉じていた雨戸をばんばん開けて回る。

うっすらと埃の積もった部屋の中は見事にがらんと何もない。
しかし、一つの出窓の端にぽつんと、置き忘れられたかのように小さなウサギのぬいぐるみがあるのを発見した。見たところ、真新しい物ではなさそうだ。

「あらあら、こんなところにお客さんね!」
観客がいると喜んだルチュは、躊躇なくぬいぐるみを持ち上げ、真っ直ぐに向きを直して座らせると、その正面に立ってギターを構えた。

そのまま初めの音をかき鳴らそうとした次の瞬間。

「おねーちゃん、お歌聴かせてくれるの?」

突如、耳元で小さな女の子の声がした。相手の姿は見えない。

「あら、あんたもお客さんね?じゃあ、ちゃんとこっちに来て、座って聴きなさいね?」
それに対し驚くどころか嬉しそうに言ってのけるルチュに、
「はぁい」
と、素直な返事が聞こえ、次いでてとてととかすかな足音だけが響く。
それから出窓に座っていたぬいぐるみがふわりと宙に浮き、ふわふわとこちらへ向かってやって来た。
ぬいぐるみの手足はだらんと垂れたままで、ぬいぐるみそのものが動いているというよりは、誰かに抱えられて動いているような感じに見える。
やがてぬいぐるみはルチュから少し離れた空中に止まり、ぱちぱちと小さな拍手の音だけが聞こえてきた。

満足げにうなずいたルチュは、早速新作の歌を披露し始めるのだった。


そんな訳で、魔女と猫達がナバールの酒場に立ち寄ろうとした時には、何故か裏の空き家からガンガンギターの音が響いてきている最中だった。

「……何やってんだあいつ」
「調査、ではなかったのか?」
「…えっと、よく分からないけど大丈夫そうね?」

アリス達がしばし呆然と立ち尽くしていると、ちょうど酒場からナバールが出てきた。さすがにこのままでは近所から苦情が来ると思ったらしい。

ナバールから再び説明を聞き、空き家の調査、というよりはルチュを止めるために空き家へと向かう。

「おーいルチュ、何でギター弾いてんだよぉ!おーい?おーいったらぁ!」
ルチュの姿を発見して声をかけてみるものの、ティムの言葉には全く関心を払う様子がない。
他の者も口々に呼びかけてみるが、全く同様で、ルチュはひたすら一心不乱にギターをかき鳴らして歌っているだけだ。

一見すると実に異様な光景ではあるが、これがこの家にいるかもしれない幽霊などの仕業ではなく、単なるルチュの日常なのだという事は、パートナーのティムのみならず、そう付き合いの長くない魔女達にもよく分かっていた。

「もうっ、いい加減にしなさいよね!」
無視されて業を煮やしたオルセが魔法を使い始める。

魔女の魔法というのは、実に便利なもので、基本的には自分が思い描いた通りの事をほぼ実現出来る。
ただし、勿論、得意不得意には個人差もあり、周りに大きな影響を与えるようなものは難易度も高いため、失敗してしまう事もよくある事だ。

はじめは単純に「周囲の音を消す魔法」を思いついたオルセだったが、すぐにそれでは自分や他の皆の声まで聞こえなくなってしまうと思い直した。

考えた末、オルセが選んだのは「ギターの弦の震えを止める魔法」
これならば自分達の会話の妨げになる事なく、ルチュのギターの音だけを消す事が出来るはずだ。

果たして、オルセが考えた通りの魔法を実行すると、ルチュがかき鳴らしていたギターの弦がピタリと止まり、同時に音の方もきゅるううぅんと間伸びした音を発したのを最後に静かになった。

全員がホッと息をついたのも束の間、
「あらあら、ギターの故障?じゃあ仕方ないわ、アカペラで歌うしかないわね!」
全くめげないルチュの根性は見上げたものだが、全員が更にどっと疲れたのも事実である。

「ルチュ!話を聞いて!」
オルセが間髪入れず声をかけるとルチュはやっと皆が集まっている方へ目を向けた。

「あら?みんないつ来たの?」
「さっきからずっと呼んでるわよ、もうっ!」
それでもやっとルチュがこちらに気付いてくれたので良しとする事にして、これ以上話がややこしくなる前にさっさと本題に入ろうとオルセが言葉を継ぎかけた途端。


「おねーちゃん、もうお歌終わりなの?」

聞き慣れない少女の声と共に、小さなぬいぐるみがふよふよと宙を飛んでこちらに寄って来たものだから、オルセはそのまま声を飲み込みその場に固まってしまった。

代わりに、別段ルチュが動じていない様子なのを見て、ティムがにゃーにゃーと挨拶のような声を上げる。

「わあ、猫ちゃんだぁー!」
無邪気な声と共に、ティムの頭の毛だけがわしゃわしゃと動いた。

最初の驚きが収まったオルセはためらいがちに手を伸ばし、ぬいぐるみに触れてみた。
空中に浮遊している訳ではなく、どうも何かに固定されているかのような感覚が返ってくる。

困惑したオルセが振り返ると、アリスと目が合った。
いつも無表情なアリスには珍しく、黙ったまま頬だけを上気させ、瞳を輝かせて食い入るようにこちらを見ている。

そのアリスの前に、彼女の猫ノブナガがサッと躍り出てきたかと思うと、鳴きながら飛び上がり、アリスの目を引っ掻いた。

当のアリスよりもオルセの方が驚いて短く声を上げたが、すぐにこれはノブナガが危害を加えようとした訳ではなく、猫の魔法なのだという事に思い至る。

猫の魔法というのは、魔女の魔法のように何でもありという訳ではなく、予め幾つかの効果が決まっている上、限られた回数しか使う事が出来ない。その代わり、失敗する事はほとんどない。

今ノブナガが使ったのは、目を引っ掻く事により、普通では見えないもの、例えば音や匂い、あるいは霊的なものなどが見えるようになるという猫魔法であった。
そのため、今やアリスの目には、ピンクのウサギのぬいぐるみをしっかりと抱き抱えた、茶の長い髪に青い瞳の小さな女の子の姿がはっきりと見えるようになっていた。

「……この世の者ならざる、海王神の瞳持つ少女よ。お前は何故ここにとどまる?」
問いかけるアリスの声は多少震えを帯びていたが、それはどうやら恐れのためではなく、初めて目にする幽霊にいたく感銘を受けての事のようだ。

問われた女の子の方はといえば、しばらくきょとんとアリスを見つめていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

以前、ここに両親と共に暮らしていた事。
自分はずっと病気で家の外に出られなかった事。
ある時、ひどく泣いていた両親が突然自分を置いてどこかへ引っ越して行ってしまった事。
その頃から、呼びかけても誰も気が付いてくれないか、気付いても逃げて行くようになってしまった事。

つまり、この子はどうやら、自分がもう亡くなってしまったという事をきちんと認識出来ていないようなのだった。
「それでずっと泣いてたの?寂しかったね」
オルセが優しく声をかける。
「ううん、ひとりでいるのは慣れてるから平気だよ!でもね、もうすぐハロウィンでみんな楽しそうで、あたしも一緒に遊びたいなーって思って……」
「そっかぁ……」
魔女と猫達は一斉に顔を見合わせた。

「何とかしてあげたいわね」
オルセの言葉に皆、一様にうんうんとうなずく。
「あたし達でハロウィンすればいいんじゃないの?」
何の事はないとあっさり言い出すルチュ。
「それなら、一緒にハロウィン出来るものね」

そのルチュの提案を皮切りに、
「じゃあ、姿が見えないのは不便だから、そのお人形と同じ着ぐるみでも着てもらうのはどう?ハロウィンだし仮装でもおかしくないでしょ?」
「それなら、近所の人達も呼んで賑やかにやってもいいわね!」
「この少女がこの地に縛られているのならば、会場はここしかないな……」
「じゃあここでパーティーする許可をもらわなきゃね!」
と、話がとんとん拍子に決まっていく。

「ハロウィンの日に、ここでみんなでパーティーするからね。そのウサギさんとお揃いの格好するのはどうかしら?」
「みんなでこれから準備しに行くからね、楽しみに待っててね!」
「ほんと!?じゃああたし、ここでおねーちゃん達待ってる!ウサちゃんとお揃いする!」

こうして小さな女の子の幽霊と別れた一行は、ひとまず空き家を後にした。








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