「ヒカリ…ヒカリはキライ!」
次の攻撃に備えて身構えたマリウスの目の前で、突然先ほど呼び出した闇の妖精がそう叫び、パチンと弾けるように姿を消した。悲鳴というよりはふてくされた口調に近く、元より魔法を使うために呼び出した妖精はそう長くこちらにとどまる事はないから、単に妖精界に戻っただけで心配はないと思われる。しかし、光とは何の事だろうか。闇の妖精が相反する光の妖精を嫌うのは無理もない事だが、同時に呼び出すつもりもない。
そこまで考えたところで、マリウスはふと違和感を感じた。自分の懐がじんわりと温かい。急いで手を入れるとほのかに熱を帯びた金属に触れた。エミリアに会った時にすぐに取り出して見せられるように荷物から取り分けておいた例の箱だ。マリウスが取り出すか取り出さないかのうちにそれは勝手に手を離れ、まばゆい光を放ちながら上空にすーっと浮き上がっていった。
「な、何?」
「マリウス、何したのっ!?」
皆が呆気に取られるうちに、箱はすぐにぴたりと空中で静止した。
「エミリア、君はそんな人ではないはずだよ……」
聞き覚えのない声が箱から響く。今までどこか虚ろだったエミリアの瞳からほんの一瞬翳りが消え、驚きに見開かれたが、エミリアはまたすぐに頭を抱え込んでしまった。だが先ほどのようにおとなしく話を聞いている訳でなく、頭を振って何かに抵抗しているように見える。
「君達、これも何かの縁だ。どうか彼女を助けてやってくれないか。私にはこれぐらいしか出来ないが……」
4人の方へ向けられた言葉と同時に箱が一際強い煌めきを放ち、光が降り注いだ。傷や火傷が嘘のように見る間にふさがり治ってゆくと共に、消耗した気力と魔法力さえも体に満ちてゆくのが感じられる。
「頼まれなくても助けるよ!」
「ええ、任せておいてください!」
しかし、それ以上応える返事はなく、急速に輝きを失った箱は静かに地面に落ち、ことりと転がった。
不思議な力で盛り返した4人は何とか敵の攻撃を耐え凌ぎ、反撃を続けた。エミリアがラッシュの弾丸に倒れた次の瞬間、その体からずるりと黒い靄が滑り出てくる。魔神レドルグの本体を追い出す事に成功したのだ。通常、憑依する体を失ったレドルグは次の標的に取り憑こうとするものだが、今回はその秘密を知る4人を先に葬ろうとしたらしく、レドルグ自身の操る強力な魔法で攻撃を仕掛けてきた。4人は苦戦を続けたものの、とうとう魔神レドルグを打ち倒し、レドルグは霧となって消滅していった。勿論、供の魔神アルガギスも取り逃がす事なくきっちりととどめを刺しておいた。
「…終わった、な?」
「うん、多分ねー」
ラッシュとディルの小柄な二人が言葉と同時に座り込む。マリウスも普段にないほどの魔法を使ってかなり消耗していた。シグルーンもマリウス同様、魔法力の消費が大きかったはずだが、治癒の魔法を使い仲間達の怪我を治してゆく。次いでシグルーンは倒れているエミリアに近付き、再び魔法をかけ始めた。回復した仲間達が寄ってくる頃には、気を失っていたエミリアが意識を取り戻し、起き上がるまでになっていた。
「……ありがとう。あなた達にはすっかり迷惑をかけてしまってごめんなさいね」
小声でシグルーンに礼を述べたエミリアは、そう全員に向かって頭を下げた。
「いえ、迷惑だなんて……」
「悪いのは魔神だしな」
「そうそう、元に戻れて良かったよねー」
皆、口々に答えを返し、気にしていない事を表明してみせるが、エミリアは表情を曇らせる。
「いいえ、私の中にまだ彼の事で割り切れない思いと、学院や戦士団の事を許せない気持ちがあったから、その弱さを魔神に付け込まれたのよ」
そう言ってうつむいたエミリアは、しかしすぐに顔を上げた。
「あなた達は何故こんな森の中までやって来たの?何か私に力になれる事があるかしら?」
「……ええと、あの、そのザード先生の事でお伺いしたい事がありまして……」
「いいえ、私の中にまだ彼の事で割り切れない思いと、学院や戦士団の事を許せない気持ちがあったから、その弱さを魔神に付け込まれたのよ」
そう言ってうつむいたエミリアは、しかしすぐに顔を上げた。
「あなた達は何故こんな森の中までやって来たの?何か私に力になれる事があるかしら?」
「……ええと、あの、そのザード先生の事でお伺いしたい事がありまして……」
その問いにマリウスが決まり悪そうに答える間には、ディルが地面に転がっていた箱を拾い上げて来ている。
「あら、ザードの紋章ね」
「ええ、そうなんです、それでその箱なんですが……」
マリウスはそれ以上説明を進める事が出来なかった。箱は、ディルからエミリアの手に渡った途端、ぱかんと小気味良い音を立てていともあっさりと開いたのである。今までどんな事をしようと決して開かなかった魔法の箱が。
言葉を失った4人の前で、エミリアも無言のまま中を改める。中にあったのは手紙と指輪だった。手紙に目を通したエミリアはおもむろに指輪を左手にはめ、
「……遅いわよ」
と呟いた。
「……あの、それは……」
もはや大方の予想はついていたが、このまま帰る訳にもいかないのでたずねてみると、エミリアは寂しげに微笑みながら手紙を広げて見せてくれた。この戦が終わったら結婚しようという、簡潔な、しかし丁寧に思いを込めて書かれた求婚の手紙だった。
「届けに来てくれた訳ではないのでしょう?」
エミリアに問われ、全員で顔を見合わせる。
「実は、その箱は今まで開ける事が出来なかったので、学院の依頼で開ける方法を探していました。ですが、私信となると……」
マリウスが簡単に説明すると、エミリアは少し考えていたが、
「いいわ、持って行ってちょうだい」
と、さして迷う風もなく空の箱と手紙をマリウスに差し出した。
「……良いのですか?」
「でも、それは…極めて個人的な物ですし……」
さすがにすぐに受け取るのはためらわれてしまう。そんな様子を見てエミリアはうなずいた。
「学院が中身も確認せずに話だけで納得するとは思えないでしょう?もしかしたらあなた達が中身を別の物にすり替えたと疑われるかもしれないし。いいわ、じゃあ私も一緒に行くわ」
はきはきと自分の考えを主張する聡明な姿がキャナルに重なって見える。出立前に話をしてくる事が出来たとはいえ、やはり大事な事は手遅れになる前にきちんと伝えなければとの思いを強くするマリウスであった。
こうして一行は街に戻り、開かない箱に関する学院の研究は終了という事になった。
「婚約指輪ねー……ロマンチックな話だけど、学院には関係ないのよね。結局、無限の魔法力の秘密も手に入らなかったし」
話を聞いてそう言うキャナルは、明らかにがっかりしたようだったが、それほど落ち込んでいる様子でもない。
「さ、じゃあ早く次の研究テーマを決めちゃわなきゃ。じじいどもをあっと言わせるようなやつ」
「キャナル、張り切ってるところ、なんだけれど……」
前向きなキャナルにマリウスは遠慮がちに声をかけてみた。
「返事を…聞かせてもらえるかい?」
キャナルは一瞬困ったように眉を寄せ、マリウスを真っ直ぐに見返した。
「そうね、返事ね…考えておいてあげるって言ったものね」
緊張と期待と不安の混ざったマリウスの耳に、
「ごめんなさい、まだ決められないのよ。悪いけどもうちょっと時間をちょうだい」
キャナルのあっさりとした言葉が届く。
「だって、こんなに早く箱が開くとは思ってなかったんだもの。依頼を優秀にこなしてくれたって事ではあるけど」
マリウスはしばらく何とも言葉を返す事が出来なかった。落胆とも怒りともつかない感情が湧き起こりそうになったが、それは驚くほどすぐに収まっていった。キャナルが軽々しく考えている訳ではない事は分かる。すぐに白黒はっきりつけたがるキャナルがきっぱり断らなかったという事は、それだけ真剣に悩んでくれているという事だ。それならまだ希望はあるのかもしれない。大事な事、伝えたい事は自分から率先して話していければそれでいい。
「……分かった、待つよ。君の気持ちが決まるまで」
マリウスはうなずき、学院を後にした。そろそろ陽が暮れかけている。いつもの酒場では仲間達が待っているだろう。早くもディルが騒ぎ、ラッシュが呆れ、シグルーンが困っている様子が目に浮かぶようだ。マリウスは少しだけ歩を早めた。
ー了ー
「ええ、そうなんです、それでその箱なんですが……」
マリウスはそれ以上説明を進める事が出来なかった。箱は、ディルからエミリアの手に渡った途端、ぱかんと小気味良い音を立てていともあっさりと開いたのである。今までどんな事をしようと決して開かなかった魔法の箱が。
言葉を失った4人の前で、エミリアも無言のまま中を改める。中にあったのは手紙と指輪だった。手紙に目を通したエミリアはおもむろに指輪を左手にはめ、
「……遅いわよ」
と呟いた。
「……あの、それは……」
もはや大方の予想はついていたが、このまま帰る訳にもいかないのでたずねてみると、エミリアは寂しげに微笑みながら手紙を広げて見せてくれた。この戦が終わったら結婚しようという、簡潔な、しかし丁寧に思いを込めて書かれた求婚の手紙だった。
「届けに来てくれた訳ではないのでしょう?」
エミリアに問われ、全員で顔を見合わせる。
「実は、その箱は今まで開ける事が出来なかったので、学院の依頼で開ける方法を探していました。ですが、私信となると……」
マリウスが簡単に説明すると、エミリアは少し考えていたが、
「いいわ、持って行ってちょうだい」
と、さして迷う風もなく空の箱と手紙をマリウスに差し出した。
「……良いのですか?」
「でも、それは…極めて個人的な物ですし……」
さすがにすぐに受け取るのはためらわれてしまう。そんな様子を見てエミリアはうなずいた。
「学院が中身も確認せずに話だけで納得するとは思えないでしょう?もしかしたらあなた達が中身を別の物にすり替えたと疑われるかもしれないし。いいわ、じゃあ私も一緒に行くわ」
はきはきと自分の考えを主張する聡明な姿がキャナルに重なって見える。出立前に話をしてくる事が出来たとはいえ、やはり大事な事は手遅れになる前にきちんと伝えなければとの思いを強くするマリウスであった。
こうして一行は街に戻り、開かない箱に関する学院の研究は終了という事になった。
「婚約指輪ねー……ロマンチックな話だけど、学院には関係ないのよね。結局、無限の魔法力の秘密も手に入らなかったし」
話を聞いてそう言うキャナルは、明らかにがっかりしたようだったが、それほど落ち込んでいる様子でもない。
「さ、じゃあ早く次の研究テーマを決めちゃわなきゃ。じじいどもをあっと言わせるようなやつ」
「キャナル、張り切ってるところ、なんだけれど……」
前向きなキャナルにマリウスは遠慮がちに声をかけてみた。
「返事を…聞かせてもらえるかい?」
キャナルは一瞬困ったように眉を寄せ、マリウスを真っ直ぐに見返した。
「そうね、返事ね…考えておいてあげるって言ったものね」
緊張と期待と不安の混ざったマリウスの耳に、
「ごめんなさい、まだ決められないのよ。悪いけどもうちょっと時間をちょうだい」
キャナルのあっさりとした言葉が届く。
「だって、こんなに早く箱が開くとは思ってなかったんだもの。依頼を優秀にこなしてくれたって事ではあるけど」
マリウスはしばらく何とも言葉を返す事が出来なかった。落胆とも怒りともつかない感情が湧き起こりそうになったが、それは驚くほどすぐに収まっていった。キャナルが軽々しく考えている訳ではない事は分かる。すぐに白黒はっきりつけたがるキャナルがきっぱり断らなかったという事は、それだけ真剣に悩んでくれているという事だ。それならまだ希望はあるのかもしれない。大事な事、伝えたい事は自分から率先して話していければそれでいい。
「……分かった、待つよ。君の気持ちが決まるまで」
マリウスはうなずき、学院を後にした。そろそろ陽が暮れかけている。いつもの酒場では仲間達が待っているだろう。早くもディルが騒ぎ、ラッシュが呆れ、シグルーンが困っている様子が目に浮かぶようだ。マリウスは少しだけ歩を早めた。
ー了ー
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