復興の進むロンダルの街は今日も活気と喧騒に満ちている。
少し前まではそれを半ば他人事のように学院の高い窓から見下ろしていたものだが、自分がその中に身を置いているのは未だに不思議な気がする。
ロンダルというのは、その昔蛮族との戦で滅び、一度は放棄された街だが、およそ1年ほど前から復興の手が入り、人も物も戻ってきつつあるところだった。
「学院」も拠点を隣街ローファに移していたのだが、このほどロンダルに戻って来た施設のひとつだ。
魔術の研究機関である学院には様々な魔術の使い手が教師、あるいは学生という立場で在籍している。
マリウスは学院の研究生だった。
いや、正確に言えば今も籍は置いている。この春学院の基礎・応用課程を修了し、指導者となる道もあったが、研究生として更に踏み込んだ学習を続ける事にしたのだ。しかし理想の高いマリウスは自らの研究に行き詰まりを感じ、実地での研修を積むため冒険者として活動する事を決めた。
マリウスは少しくせのある黒い髪に黒い瞳をした人間の妖精使いだ。
妖精使いは火、水など様々な属性の妖精と個々に契約を結び、その力を使って魔法を行使する。色々な種類の妖精とバランス良く契約したり、特定の属性に特化して契約したりと、術者の好みでかなり異なるスタイルとなるのが他の魔術系統とは大きく異なった特徴と言えよう。
その中でマリウスが主に契約して使役するのは闇の妖精なので、服装も黒っぽい物の事が多い。
とりわけ艶のない黒に白でさりげなく学院の紋章が刺繍されたローブがお気に入りだ。闇の妖精は人間の精神に干渉して影響を及ぼすものが多く、普段あまり口数の多くないマリウスを人間嫌いと評する友人も少なくない。しかしマリウス自身はそれほど人間嫌いというつもりもなく、むしろ好きだからこそじっと観察していたい、研究対象としたいものなのだと思っている。
今いる冒険者の店も、夜は酒場として賑わいを見せるが、今はまだ朝の比較的早い時間なので人影はまばらだった。闇の妖精使いではあるが、こんな朝の光と新しい空気も決して嫌いではない。
突然、その清々しい空気を震わせて店の扉が勢い良く開いた。
「おはようございます!ちょっと冒険者に頼みたい仕事があるのよ!」
挨拶もそこそこに入って来た若い女性が言いながらつかつかと店の奥のカウンターに歩み寄る。すらりとした長身を包んでいるのは、白に金で学院の紋章が縫い取られた短めのケープ。しかしその下は真赤なワンピースに高いヒールのサンダル履きだ。
「キャナルじゃないか!どうしたんだい?」
聞き覚えのある声にそちらを見たマリウスは、呆気に取られる店内の誰よりも早く立ち上がって思わずそう声をかけていた。長い金髪を揺らして女性が振り返る。ワンピースと同じ、真赤なカチューシャで前髪を留め、すっきりと見せている額の下の眉が美人ながら勝ち気そうな印象を与えている。
「あら、マリウスじゃない。あなた何でこんな所にいるの?」
そう答えた女性、キャナルの言葉にはあまり驚いた様子も、悪気さえもなさそうだ。
噂では相当なお嬢様育ちだというキャナルは、高飛車で思った事をずけずけと口にするので敬遠する者も多いが、マリウス自身は行動的で裏表のない彼女の事はそう嫌いではない。一時期、同じチームで研究に当たっていた事もあるのでそれなりに見知った間柄だが、出来ればもう少し親しくなりたいと思っている。はっきりと意識した事はないが、正直言ってかなり気になる相手なのは確かだ。
「あぁ、いや、実はその……」
「ああ、そう言えばあなた今、冒険者やってるんだったわね。最近学院内で見かけないと思ったわぁ」
マリウスが言い淀んでいる間に、キャナルは一人勝手にうなずいている。
「だったらちょうどいいわ。冒険者に依頼するつもりだったけど、あなたなら事情もよく分かってるでしょうし。私の依頼なら受けてくれるわよね?」
さも当然と言わんばかりのその口調に一瞬返す言葉もない。
「いや、まあともかく、詳しい話を聞いてからだね……」
「詳しい話を聞かせてもらおうか」
しどろもどろに言いかけた途端、突然、マリウスと同じテーブルから別の声が割って入った。
「あらやだカワイイ!」
反射的に声の方を見やったキャナルが突拍子もない声を上げる。
そこにいたのは、ふわふわした、というよりはつやつやした真っ白い毛皮のタビット。
マリウスと同じパーティで冒険に出ている仲間の一人で、魔動機術を使い銃を操る学者、ラッシュだ。見た目は愛くるしいウサギだし、一族皆が黒い毛皮なのに、自分一人だけが白いのを密かに気にしているらしい微笑ましい一面もあるが、いつもタビットらしからぬ冷静な落ち着き方を見せている。
「事情が分からない事には受けるも受けないもないからな」
キャナルの態度にいささかムッとした様子のラッシュだったが、
「あら、それもそうね。じゃあ詳しく話すわ」
キャナルは気にする風もなくあっさりと言う。そこでマリウス達は同じパーティの仲間全員と、依頼を仲介する冒険者の店の主人も交え、キャナルの話を聞く事にした。
「マリウスさんのご学友でいらっしゃいますの?であれば、出来る限りの事はさせて頂きますわ」
控えめながら、緑の瞳でしっかりと相手の目を見つめて話すのはマリウスと同じ人間で、賢神キルヒアのプリーストであるシグルーン。
長い銀の髪を一本の三つ編みにして、淡いグレーの上質な神官衣を纏ったシグルーンは清楚ながら凛とした少女で、キャナルとはまた違った意味でお嬢様育ちという印象を受ける。実際、両親共にそれなりに力のある神官なのだという彼女は、将来神殿を支える事を前提に修業の旅に出されたのだという。
「それって面白い話?だったら僕も手伝うよー」
ラッシュと同じぐらい小柄だが、テーブルによじ登りそうな勢いで身を乗り出してきているのは、人間の子供のように見える種族、グラスランナーのディルだった。
明るい茶色の髪に、鳶色の目をしたディルは好奇心旺盛ながら気まぐれで楽観的、一緒に行動しているとハラハラさせられる事ばかりだが、そのスカウトとしての腕は確かで軽戦士としても侮れない。
「実はね、『箱』の事なのよ」
キャナルの初めの一言を聞いただけでマリウスにはピンときた。
確かによく知っている話だ。というよりむしろ、以前キャナルと同じチームで研究に当たっていたのはその箱に関する事なのだから、忘れるはずもない。
「何でまた、冒険者に頼もうと?」
思わずそう聞いたマリウスに、キャナルは軽く肩をすくめて見せる。
「あなたが冒険者になったのと同じね。学院の中だけでは堂々巡りで、これ以上打つ手がないから、外に持ち出してみる事にしたのよ。分かりやすい話でしょ?」
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