「なるほど……」
キャナルの言葉にマリウスはすぐ合点がいった。確かに、自分達も思いつく限りの手段を講じたが未だ解決出来ていない問題なのだ。冒険者ならば全く別の、思いもよらない手段があるかもしれない。
「僕達にも分かるように説明してよねー」
「見てもらった方が早いわね。これが問題の箱よ」
口をとがらせたディルの目の前に、キャナルが一つの小さな箱を取り出す。
それは両の手の平に乗るぐらいの小さな箱だった。
上部に紋章のレリーフが施されている他は特に飾りもなく、全体が光沢のある黒っぽい金属で出来ていて、継ぎ目一つ見当たらない。つまり、蓋らしき物も特にないのだ。
「どうやって開けるんだ?」
当然のラッシュの疑問に、キャナルは苛々と手を振って答える。
「だから、それが問題なのよ。どうやっても開かないの」
「私達も散々試したわ。でも開け方が分からないの。あなた達にお願いしたいのはそれよ。開け方を見つけてちょうだい。可能なら開けちゃっても構わないわよ」
それだけ一気に言い切ったキャナルに、
「依頼は分かりましたけど……」
今度はシグルーンが考え込みながら口を開いた。
「中が空っぽだった、なんて恐れはありませんの?実はこの箱自体が見事な芸術品で……」
「開けちゃったら台無しだねー」
シグルーンの言葉が終わるのを待たず、ディルが茶々を入れるが、それを遮るようにキャナルが箱を振ってみせる。カラカラと乾いた硬い音が意外に大きく響いた。
「ね?中身はちゃんと入ってるわよ」
「んー、ほんとだー」
皆で改めてその不可思議な箱を見つめる。
「今までの学院の研究で分かっている事を伝えておこうか」
「そうね、今言おうと思ってたところよ」
マリウスが口を開いた途端、キャナルがぴしゃりと言う。
「あなた達、剣の戦士団の事は知ってる?」
キャナルの問いかけに、皆はまた揃ってお互い顔を見合わせた。剣の戦士団というのは、16年前、蛮族との戦でロンダルが滅びた際に街を守り、人々の命を救いながら全滅していった戦士団だ。赤、白、黒の三振りの剣を筆頭に、今も伝説として語り継がれている。
「この街の、英雄ですわね?」
「ああ、聞いた事はあるな」
「僕も知ってるよー」
皆の反応に、キャナルは満足そうにうなずく。
「そうよ。この紋章は、戦士団の中でもトップクラスの英雄、魔術師ザードの物に間違いないわ」
キャナルが箱の表面に浮き出て来たかのようになめらかな浮き彫りになっている紋章を指差しながら言う。ザードというのは、三振りの剣に続く剣の戦士団の四番手。戦士団の中にあって複数の魔術を扱う純粋な魔術師で、「無限の魔法力を持つ」として有名な英雄だ。
「ザード先生は、学院の有力者でもあったんだよ。」
「なにぶん昔の話だから、僕らは直接会った事はないけれど」
キャナルの横から、マリウスがそっと補足する。
「あら、ではこれは彼が学院のために遺した物ですの?」
シグルーンの言葉に、キャナルは首を横に振った。その耳で金のピアスが合わせて揺れる。
「残念ながら、そうじゃないわ。それなら、鍵なり開封方法なり一緒にあるはずだもの」
「もしかしたら、蛮族の手に渡る事を怖れて鍵を別の場所に遺されたのかもしれない。何にせよ、学院に鍵がないのは確かな事だよ」
また言葉を添えたマリウスの方をちらりと見やり、キャナルは説明を続けた。
「学院では、私達若手を中心に研究を続けてきたわ。じじい共は当てにならないから」
キャナルの遠慮のない言いように、
「じじい共って……」
シグルーンが目を見開いて言葉を失い、
「キャナル、さすがにその言い方はどうかと思うな」
マリウスが眉をしかめてやんわりとたしなめる。
「あら、だって本当の事だもの」
あっさりと言うキャナルは全く悪びれる風もない。
「じじい共は、自分達が目立てないのがイヤなのよ。この前だってその人の事を歌った吟遊詩人の歌を、圧力をかけて歌えないようにしたって話だし」
マリウスは密かに溜息をついた。
確かに、学院の長老と呼ばれる年長の導師達は、ザードを直接によく知っているはずだが、今回の調査には消極的だった。表立って研究をやめさせ、若手と対立するような事はしないまでも、協力はおろか情報提供すらしてくれない。
マリウス達はこの箱の中にはザードの「無限の魔法力の秘密」が隠されていると考えている。
そのために箱には非常に強力な魔法の封印が施されているのだ。マリウス達はその重要な情報を手に入れるために、思いつく限りのありとあらゆる手段を試してみた。
会心の出来で解錠の魔法をかけるところから始まり、構造解析を試みるために一流といわれる細工師や錠前屋に見せてみたり、果ては荒野に持ち出して最強と謳われる小さな隕石を落とす魔法までかけてみたのだが、箱は開く事はなかった。
これまでに学院の多額の資金と多大な労力が注ぎ込まれた結果、傷ひとつ付いていないのである。
「じじい共は、命をかけて戦いもしなかったくせに彼が英雄扱いされてるのがイヤなんだわ。あなただってそう思うでしょ?」
「まあ、先生方には先生方のお考えがあっての事だろうからね……」
キャナルの問いかけにマリウスは曖昧に首を傾げてみせた。実際、今回の調査に関する長老達の非協力的な動きは、大半の者からは若手の台頭を恐れる長老達の牽制と見られている。キャナルほど露骨ではないにしろ、長老達への不信感を持っている者も少なくないのだ。
「もう、マリウスは平和主義者なんだから!何にしても、じじい共の妨害なんかに負ける訳にはいかないわ!」
キャナルが息巻いている横では、
「色々と複雑ですのね……」
「まあ、大きな組織になれば色々とあるもんだ」
「難しい事はよくわかんないけど面白そうだよねー」
などと、マリウスの仲間達が思い思いの感想を述べている。
そして、そんな反応など気にする風もなく、
「必ず箱を開けて彼の無限の魔法力の秘密を明らかにしてみせるんだからね!頼んだわよ!」
キャナルは一方的に宣言すると、マリウスの手元に箱を残し、来た時と同じようにさっさと帰っていった。
キャナルの姿が扉の向こうに消えるのを見届け、誰からともなく溜息が漏れる。
「まあ、依頼人はあのお嬢さんだが、これは学院からの正式な依頼だ。勿論きっちり報酬も出る。頑張んなよ」
一緒に話を聞いていた店の主人がそう言って立ち上がる。
そうして4人と不可思議な箱だけがその場に残された。
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