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2013年2月24日日曜日

開かない箱・10

4人が戦いの準備を整えるよりも早く、エミリアが杖を掲げ、何かの呪文を唱え始める。まずいと焦ってももう遅いが、ともかく魔法に抵抗出来る心積もりをしなければならない。マリウスにはすぐに分かったが、あれは自分の扱うものと同じ、妖精の力を使役する魔法、中でも特に破壊力の高い炎の妖精の魔法だ。

それを警告する暇もなく、見る間にエミリアの杖の先に炎が宿り出したかと思うと、こちらの全員に向かって一直線に走った。あっと思う間もなく全身を炎に飲まれ、大火傷を負ってしまう。魔法の炎なので燃え続ける事なく一瞬でかき消えたが、その威力は相当なものだ。そう何度も耐える事は出来ないだろう。

レドルグに操られているのか、エミリア自身の意志なのかは定かではないが、魔法の強力な事に変わりはなく、こちらに甚大な被害が出る事に違いはない。

「やばい、あいつ強いぞっ!」

「早く何とかしなければ……」

しかし、エミリアの所に行き着くよりも先に、全身を硬い甲羅で覆ったアルガギスが4人の行く手を塞ぐように割って入る。強行突破は出来そうにない。アルガギスはじろりと辺りを一睨みすると、そのまま目の前にいた小柄なディル目がけて殴りかかって来た。
「やーいやーい、当たらないよー!」

4人にとっては幸いな事だった。元々軽戦士であるディルは前衛で敵の攻撃を引き付け、身軽さを活かして避けるのが定石なので、重い拳をいともたやすく避けて回る。そもそもグラスランナーという種族は体内に魔力を持たないため魔法の影響を受けにくいと言われている通り、先ほどの炎も全く苦にならなかったようだ。もっとも、そうやって元気なのはディル一人だけで、他の3人は既に満身創痍である。

ともかくエミリアを止めなければ、もう一度先ほどの炎の魔法が来たらほぼ全員が倒れてしまうだろう。しかしアルガギスに足止めされている以上彼女の元に近付く事は出来ない。エミリア自身も自分達より遥かに腕の立つ魔術師であるため、短時間で気絶に至らしめるのも難しそうだ。

悩みに悩み抜いた末、マリウスは一つの魔法を選び出した。妖精使いが呼べるのは事前に契約している妖精だけで、好き勝手に妖精を呼び出せる訳ではない。そもそも魔法に抵抗されればその効果が見込めない以上、相手が同じ妖精使いであっても、やはり自分の一番得意とする魔法に全てを賭けるしかない。妖精を召喚する門として特別な儀式で準備した宝石に手を添え、妖精語で囁くように呼びかける。幾つか用意してある宝石のうち、闇の妖精が好む漆黒の宝石だ。

マリウスが選んだのは闇の妖精の力を使い、人の精神集中を途切れさせる魔法だった。当然ながら集中出来なければ魔法は使えないので、こちらにエミリアから魔法の攻撃が飛んでくる事はなくなる。マリウスの呼び出した闇の妖精は不規則にエミリアの周りを飛び回り、薄く曇った霧を振りまき始めた。エミリアは不快そうにしているが、完全に霧を振り払う事も出来ないでいる。どうやら一定の効果は上がったようだ。これで短時間ならば魔法を使われる事はないだろう。

その間にラッシュは銃を取り出し、弾丸を手に取っていた。敵の間近まで辿り着けなくとも、銃を使って攻撃するラッシュには何の問題もない。同じく魔法で攻撃出来るマリウスが直接攻撃に行かないのなら、ダメージを狙いに行くのは自分の役目だ。扱えるうちで最大の魔法火力を素早く弾丸に込め、迷う事なく撃ち出す。果たして弾丸は狙い違わず真っ直ぐエミリアに命中した。かなりの深手は負わせたはずだが、さすがに一撃では倒すには至らないようだ。

「わーいわーい、こっちだよーだ!」

離れた所の相手を攻撃出来る訳ではないディルは、アルガギスの周りをちょこまかと跳ね回りながら短剣でからかうように突きを繰り返している。あいにく硬い甲羅にはほとんど通っていない様子だが、相手の注意を自分に引き付け、味方に攻撃がいかないように挑発するのが主目的なのでそれは大した問題ではない。さほど知能の高くなさそうな魔神はうっとうしそうに怒りのこもった目でディルを睨みつけているので、十分な功を奏したと言っていいだろう。

そんな仲間達の動きを視野に入れながら、シグルーンはまだ心を決めかねていた。本来ならば、味方全員が壊滅的な傷を負っている状態なのだから、迷う事なく真っ先にその怪我を癒すのが神官たる自分の務めだ。それは十分すぎるほどよく分かっている。しかし、一度の回復魔法だけで全員の怪我を完全に治せるとは限らない。そしてもし完全に全員が回復していたとしても、あの炎の魔法は一瞬で全員を打ち倒すかもしれない。もっと他にも何か、出来る事があるような気がしてならないのだ。神官である自分に出来る事は、回復でなければ味方の支援だが、どうにかしてこの状況を打開する策はないものだろうか。

「シグルーン、治癒を頼むっ!」

迷うシグルーンにラッシュの声が届く。回復だけならばラッシュやマリウスの魔法でも何とかなるが、それでは本末転倒だろう。やはり素直に仲間を回復するのが本来の自分の役割なのだから、迷う余地はないのかもしれない。

「賢神よ、我に力を与え給え…」

短い祈りの言葉が紡がれた。だが次の瞬間、

「降伏なさい!私達もその方も、あなたなどに屈しないわ!」

高圧的なシグルーンの声は、神にすがるものではなく、エミリアに、ひいてはその中の魔神に向けられたものであった。普段おとなしいシグルーンの突然の変化に、仲間の方が驚いて息を飲む。勿論、傷が癒える兆候さえない。

だがシグルーンは決して絶望して状況を投げ出した訳でも、錯乱している訳でもなかった。これは、相手を威圧する事により行動を制限するという立派な神聖魔法なのである。これにより、エミリアはシグルーン本人を直接攻撃するという行動を取れなくなった。広い範囲に影響を及ぼす魔法であっても、シグルーンがその範囲の中に位置するなら行使する事が出来ない。これで少なくとも一番破壊力の高そうな先ほどの炎がこちらに向けられる事はなくなる。もし誰かが倒れても、シグルーンが残っていれば回復する事も出来る。考え抜いた末の決断だった。

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