「どうも嫌な感じがするな…」
「ええ、用がなければ踏み込みたくはありませんわね…」
皆同感ではあるが、そんな事を言っていては先へは進めない。
「うん、方向はこっちで合ってるみたいだね。でも、やっぱり来るな来るなって言われてる気がするよ」
周囲の鳥や虫などの声に耳を傾けながらそう言いつつも、ディルはあまり気にする風もなくさっさと歩いて行く。
そのまま全員で森の奥へと入って行くと、やがて目の前の視界が開けた。森の中にぽっかり開いた草地の真ん中に池が広がっているのが見え、更にその真ん中には小さな島があって小さな館が建っていた。先ほどまで聞こえていた鳥や虫の鳴き声もいつの間にか途絶え、周囲は不気味なほどに静まりかえっている。
顔を見合わせた4人は島にかかっている橋の方へ慎重に歩を進めた。だが橋まで行き着くより先に館の扉が開いたかと思うと、痩せて背の高い女性が姿を現した。くすんだ色のローブに身を包んだ中年の婦人だが、若い頃はさぞ美人だったであろうと思わせる整った顔立ち。しかしながら、やつれたような陰を落とすその顔色はすぐれない。女性は驚く様子もなく歩いてくると、橋の向こう側で立ち止まった。そして、そのまま何事かぶつぶつと呟いている。かなり小声なので聞き取る事は出来なかったが、4人に向けて何か話しかけてきたというよりは、独り言を言っているように見受けられる。
「あの、エミリアさんでいらっしゃいますか?」
不自然な対面に耐え兼ね、意を決したようにマリウスが問いかける。女性はその呼びかけに改めてこちらを見やった。
「ええ、そうよ」
短くうなずいたその声にも表情にもほとんど生気というものが感じられない。
「あなた方は?」
「あ、申し遅れました、私は学院の……」
マリウスが普段通り応えて名乗り終わるよりも早く、
「学院ですって?」
魔女と呼ばれるエミリアはみるみる形相を変えた。
「つまり、彼を見殺しにした連中の関係者という訳ね?」
ヒステリックに叫ぶエミリアが学院に良い印象を持っていないようだと気付いた時にはもう遅い。
「あ、いえ、決して見殺しにしたという訳では……」
マリウスは慌てて言いかけたが、実際自分がその場にいた訳ではないので強く否定出来る訳でもない。
「……ええ、そうね。……そうなのね……」
最初から逆鱗に触れてしまったかと焦ったのも束の間、エミリアはまたも独り言のように呟きながら、すぐに平静に戻った。それ自体は喜ぶべき事ではあったが、どうも様子がおかしい。マリウスの言葉に耳を貸したという風でもなさそうだが、自分自身を納得させたというのとも違うように思える。
「……そうなの?でも、それは……」
固唾を飲んでやり取りを見守っていたシグルーンはいち早くその違和感に気付いた。独り言、というのともどこか違う。虚空に向かって語りかけるエミリアは、まるでその場にいる見えない誰か、あるいは自分の頭の中に向かって会話しているように見えるのだ。もしかしたら、本当に自分達に見えていないだけで、側に誰かいるのかもしれない。幽霊か、あるいはそれに類する何かだろうか。そこまで考えた時点でシグルーンは閃いた。
「彼女……何かに、取り憑かれているんじゃないかしら?」
そのシグルーンの言葉を聞き留めたマリウスも考えを巡らせた。そして、二人はほぼ同時に同じ結論に辿り着いた。
「……悪魔憑き、だな」
「……レドルグですね」
確信に満ちた二人の言葉に、残りの二人は首を傾げる。
「何だそれは?」
「どういう事?」
訳が分からないという顔で聞き返すラッシュとディルに、二人が説明するよりも早く、
「おやおや、こんなに早く見抜かれるとは。学院の看板は伊達ではないな」
耳障りな、からかうような声が響く。見れば、エミリアの頭のすぐ上辺りにじわじわと灰色の靄のようなものが染み出してきていた。だが4人が何か言う暇もなくその靄はすうっとエミリアの頭に吸い込まれるように消えてしまった。
「えーっと、何かフツーじゃないって事は分かったよ」
「……あれが敵だという事は認識した」
ディルとラッシュもそう言ってうなずく。
レドルグというのは、異世界から来たとされる「魔神」と呼ばれる分類に属する魔物だ。魔神族というのは容姿も実に様々だが、性格や特徴にもこれといった傾向はなく、各々が独自の能力を持っている。レドルグという魔神は中でもかなり特殊で、ほぼ常に誰かしらの体内に入り込んでいる。とはいえ、個人を無理矢理乗っ取って直接的に悪事を働く訳ではない。対象となった人物を言葉巧みにそそのかし、利己的な助言を与え、共存出来るように仕向けるのだ。そしてその人物の望みに沿うようにした上で、最後の肝心な時に裏切るという。人が一気に絶望に転落する様を見るのが何よりの喜びだと言われている、そんな魔神である。
「ともかく、あいつを何とかすればいいんだよね?」
「まあ、そういう事なんだが……」
厄介なのは、通常の武器では倒す事が出来ず、魔法か魔法の武器を用いなければならない事、そしてそもそも誰かの体内に潜んでいる間は全く傷つける事が出来ない事。憑依している事が明らかになった以上はエミリアを盾としてくるだろう。気は進まないがエミリアを気絶させなければ体内から追い出す事すら出来ないはずだ。
そういった事をマリウスとシグルーンが手短に説明している間に、館の陰からゆらりともう一つ黒い影が現れた。こちらは見るからに頑丈そうな別の種類の魔神、アルガギスだ。知能はあまり高くないが、頑強な甲羅が全身を覆っている魔神で、レドルグのように策を弄する訳ではなく、単純な戦力として他の魔神族に従っている事が多い。護衛という訳なのだろう。
「あの、エミリアさんでいらっしゃいますか?」
不自然な対面に耐え兼ね、意を決したようにマリウスが問いかける。女性はその呼びかけに改めてこちらを見やった。
「ええ、そうよ」
短くうなずいたその声にも表情にもほとんど生気というものが感じられない。
「あなた方は?」
「あ、申し遅れました、私は学院の……」
マリウスが普段通り応えて名乗り終わるよりも早く、
「学院ですって?」
魔女と呼ばれるエミリアはみるみる形相を変えた。
「つまり、彼を見殺しにした連中の関係者という訳ね?」
ヒステリックに叫ぶエミリアが学院に良い印象を持っていないようだと気付いた時にはもう遅い。
「あ、いえ、決して見殺しにしたという訳では……」
マリウスは慌てて言いかけたが、実際自分がその場にいた訳ではないので強く否定出来る訳でもない。
「……ええ、そうね。……そうなのね……」
最初から逆鱗に触れてしまったかと焦ったのも束の間、エミリアはまたも独り言のように呟きながら、すぐに平静に戻った。それ自体は喜ぶべき事ではあったが、どうも様子がおかしい。マリウスの言葉に耳を貸したという風でもなさそうだが、自分自身を納得させたというのとも違うように思える。
「……そうなの?でも、それは……」
固唾を飲んでやり取りを見守っていたシグルーンはいち早くその違和感に気付いた。独り言、というのともどこか違う。虚空に向かって語りかけるエミリアは、まるでその場にいる見えない誰か、あるいは自分の頭の中に向かって会話しているように見えるのだ。もしかしたら、本当に自分達に見えていないだけで、側に誰かいるのかもしれない。幽霊か、あるいはそれに類する何かだろうか。そこまで考えた時点でシグルーンは閃いた。
「彼女……何かに、取り憑かれているんじゃないかしら?」
そのシグルーンの言葉を聞き留めたマリウスも考えを巡らせた。そして、二人はほぼ同時に同じ結論に辿り着いた。
「……悪魔憑き、だな」
「……レドルグですね」
確信に満ちた二人の言葉に、残りの二人は首を傾げる。
「何だそれは?」
「どういう事?」
訳が分からないという顔で聞き返すラッシュとディルに、二人が説明するよりも早く、
「おやおや、こんなに早く見抜かれるとは。学院の看板は伊達ではないな」
耳障りな、からかうような声が響く。見れば、エミリアの頭のすぐ上辺りにじわじわと灰色の靄のようなものが染み出してきていた。だが4人が何か言う暇もなくその靄はすうっとエミリアの頭に吸い込まれるように消えてしまった。
「えーっと、何かフツーじゃないって事は分かったよ」
「……あれが敵だという事は認識した」
ディルとラッシュもそう言ってうなずく。
レドルグというのは、異世界から来たとされる「魔神」と呼ばれる分類に属する魔物だ。魔神族というのは容姿も実に様々だが、性格や特徴にもこれといった傾向はなく、各々が独自の能力を持っている。レドルグという魔神は中でもかなり特殊で、ほぼ常に誰かしらの体内に入り込んでいる。とはいえ、個人を無理矢理乗っ取って直接的に悪事を働く訳ではない。対象となった人物を言葉巧みにそそのかし、利己的な助言を与え、共存出来るように仕向けるのだ。そしてその人物の望みに沿うようにした上で、最後の肝心な時に裏切るという。人が一気に絶望に転落する様を見るのが何よりの喜びだと言われている、そんな魔神である。
「ともかく、あいつを何とかすればいいんだよね?」
「まあ、そういう事なんだが……」
厄介なのは、通常の武器では倒す事が出来ず、魔法か魔法の武器を用いなければならない事、そしてそもそも誰かの体内に潜んでいる間は全く傷つける事が出来ない事。憑依している事が明らかになった以上はエミリアを盾としてくるだろう。気は進まないがエミリアを気絶させなければ体内から追い出す事すら出来ないはずだ。
そういった事をマリウスとシグルーンが手短に説明している間に、館の陰からゆらりともう一つ黒い影が現れた。こちらは見るからに頑丈そうな別の種類の魔神、アルガギスだ。知能はあまり高くないが、頑強な甲羅が全身を覆っている魔神で、レドルグのように策を弄する訳ではなく、単純な戦力として他の魔神族に従っている事が多い。護衛という訳なのだろう。
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