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2013年2月24日日曜日

開かない箱・8

ほどなくして、学院に着いた。それほど長く離れていた訳ではないのにずいぶん久しぶりに感じる構内を抜け、かつて自分が所属していた研究室を覗いてみると、すぐにキャナルを見つける事が出来た。

「やあキャナル、調子はどうだい?」

「今忙しいのよ、見れば分かるでしょ」

熱心に何かの書物を読んでいる彼女に、以前のように軽く声をかけてみると、これまた以前のように、にべもない答えが返ってくる。

「悪いけど、用事なら後にしてちょうだい」

言われるまでもなく、マリウスはいつも通り隣の椅子に腰を下ろし、自分も手近な書物を手に取ったところだった。しばらく懐かしさを味わいながら適当に時間を潰していると、やがてキャナルが顔を上げた。
「あら、マリウスじゃない。あなた何でこんな所にいるの?」

確か今朝も同じ台詞を聞いたなと思いながらマリウスは苦笑する。

「君が待てと言うから待ってたんじゃないか」

「あら、そう?忙しいのに悪かったわね」

そっけないながらも素直に謝罪の言葉を口にしたキャナルはすぐに瞳を輝かせた。

「何か分かったの?」

「それなんだが…」

ひとつ咳払いをして、マリウスは事前に準備した言葉を話し出す。

「まだ調査の途中だけれど、全く進展がない訳でもないんだ。もし良かったら、軽く飲みにでも行かないか?」

なるべく勿体ぶった言い方にならないよう、また一大決心である事を気取られないようにさらりとさりげなく言ったつもりだった。キャナルは一瞬驚きを浮かべたものの、

「珍しいわね。いいわよ」

と、拍子抜けするほどあっさりうなずき、てきぱきと机の上を片付け始めた。


落ち着いた雰囲気の店で夕食を取りながら、マリウスは長老ライが酒場に来た事、魔術師ギルドのサフィールに会った事、彼女の知り合いの証言で森へ行き、魔女と呼ばれる女性を訪ねる事にした事などを、ザイア神殿の守秘義務に触れないように注意しながら話して聞かせた。キャナルはくるくるとよく表情を動かしながら興味深そうにそれらの話を聞いていた。

「じゃあ明日、森へ行くのね?」

「うん、その予定だよ」

マリウスの答えに、キャナルはしばらく黙って考え込んでいるようだった。

「冒険者って、危険な事もあるのよね?」

「…そうだね、あると思う」

正直なところマリウス自身は今までそれほど危険だと思える仕事に当たった事はない。それでも、今回ばかりはどうにも危ない気がして仕方がない。今のところ詳しい状況が分からないので漠然とした不安でしかないが、それでも嫌な予感が振り払えなかった事もあり、出立前にキャナルときちんと話をしておきたかったのだ。

「もし、僕が無事に戻って来たら……」

話し始めてから改めてキャナルを見つめたところでマリウスは言い淀んだ。しかし、このまま言葉を飲み込んでしまったら、何のためにここまで来たのか分からなくなってしまう。渇いた喉に飲み物を流し込み、その勢いに任せてマリウスは言葉を継いだ。

「戻って来たら、僕と付き合ってもらえないだろうか?」

「……は?」

マリウスとしては精一杯の勇気を振り絞って言った言葉だが、キャナルとしては全く予想もしていなかった言葉だったらしい。しかしマリウスには、キャナルの反応を気にしている余裕はなかった。

「冒険者にとって、誰かが待っていてくれるというのは心強いものだ。そして僕にとって、その相手はやはり君しか考えられない。学院にいる間も君の事は気になっていたが、ここを離れてますますその思いが強くなったよ。君と真剣に交際したいんだ」

一気に想いを告げるマリウスを、呆気に取られたように眺めるキャナル。そして訪れる沈黙。

「……いや、ごめん。急に言われても驚くだろうな……」

その場の空気に耐え兼ねて先に沈黙を破ったのはマリウスの方だった。

「そうよ、急にそんな事言われても困るわ」

「いやごめん、困らせるつもりはなかったんだ、ただ……」

つんけんした物言いに、意気消沈して言いかけるマリウスをキャナルの言葉が遮った。

「急には返事が出来ないから、考えておいてあげるわよ」

言いながら微妙に視線を逸らして頬をわずかに赤らめたキャナルだったが、

「だから、ちゃんと無事に帰って来なさいよね」

そう言って正面から真っ直ぐにマリウスを見つめる。

「…ああ、必ず」

マリウスも力強くうなずいてみせた。結果はどうあれ、きちんと自分の気持ちを伝えられた事でマリウスの気分は晴れやかだった。それに、まだ決定的に振られた訳ではない。明るい希望を持って出かけられるのは喜ぶべき事だった。店を出てキャナルを送り、宿まで帰る道すがら、マリウスは必ず無事に戻って来る事、そして必ず箱の謎を解き明かす事と一人決意を新たにしていた。

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