「走るぞっ!」
レトの声を合図に、
転がるように階段を駆け下り、
大広間から続く扉をしんがりのエルディが無理矢理閉めたものの、
カチリと鍵が回り、床の扉が開く。
そこは上の倉庫と大差ないほどの小さな部屋だった。
階段を下りたすぐ先の床に魔法陣が描かれ、
そしてその向こうに、
トランクは単純に盗まれた物だろうからひとまず後回しにして、
「……貴様らも、我に害なす者か」
部屋におどろおどろしく声が響くのと同時に、
「う、うわっ!」
「うわあぁぁんやっぱり出たあぁぁ!」
慌てふためく4人には構わず、
「我がしもべ共よ…こやつらを喰らい尽くし、
その言葉が終わるよりも早く、
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「我々はあなたと争う気はありません!」
問答無用に鼠達を呼び寄せた亡霊と会話が出来るのかどうかも分からないままに、レトとバルニエが声を張り上げた。鼠の一団はもうすぐそこまで見えているが、応戦の意思がない事を示すためにも、二人ともまだ武器を手に取ろうとはしない。
「争う気はない、だと?白々しい嘘をつきおって!」
否定的な言葉ではあったが、亡霊はこちらの呼びかけに反応を見せた。レトが急いで言葉を重ねる。
「嘘じゃない!」
「争う気があろうがなかろうが、屋敷の関係者は生かして返さぬ!」
亡霊が吠えたその声に反射的に自分のオークの陰に隠れてしまったアルトが慌てて頭を覗かせた。
「ちょっと待って!僕達、この屋敷とは何の関係もないよ!?」
「何だと!この上まだ嘘に嘘を重ねるか!」
「嘘じゃないってばぁ!」
4人は焦りながらも慎重に説得を続けた。4人を取り囲んだ鼠の群は、互いに折り重なるように押し合いへし合いしながら波のようにうねり、最後の攻撃指令を待っている。後一声、亡霊の指示がかかれば今度こそ襲いかかってくるだろう。
「私達はただ、探している物がこの屋敷に運び込まれたと聞いて来ただけなのです」
「そう、別に危害を加えようと思って来た訳じゃないんだ」
バルニエとレトを中心に粘り強く話を続ける。
「あんたもさぞ無念だったとは思うよ、だけどな、もうその無念を抱え続ける必要はないんだ」
「あなたを陥れたアークの一族は、もう10年以上も前に滅亡しているのですよ」
「僕達は敵じゃない、もう誰も敵はいないんだよ?」
怨恨と復讐への妄執に凝り固まった亡霊を説き伏せるのは容易な事ではなかったが、あくまで戦いによる解決を望まなかった4人の姿勢は最後には亡霊にも通じたらしい。
どれほど全員が言葉を尽くした後だろうか、
「……我が敵は、とっくにいなくなっていたというのか」
ぽつりと呟いた亡霊の言葉に、4人は口々にうなずいてみせた。
「すると私は…長い事、無関係な者にまで、迷惑をかけてしまっていたのだな」
そう言ったきりうなだれた亡霊はしばらくそのまま動かなかった。4人も辛抱強く黙ったままその次の言葉を待っていた。
ややあって、
「……退け」
静かな亡霊の命令に、部屋を埋め尽くしていた幾多の鼠は潮が引くようにさーっと姿を消してしまった。
「我が骨を砕くが良い。さすれば、もはやこの鼠どもが化物となる事はないであろう」
「…では、その骨は我々が責任を持って供養させて頂きますよ」
神官らしいバルニエの言葉に亡霊はかすかにうなずいたようだった。
「あ、そうだ、それで鼠になっちまった奴も元に戻るのかい?」
一応、人面鼠との約束を果たすべくたずねてみたものの、
「それは無理だ…一度鼠となってしまったものはもう私にはどうしようもない」
「そっか、じゃあまあしょうがないよな」
申し訳なさそうな亡霊の返答にあっさりとうなずくレト。
「すまなかった……」
それだけを言い残すと、
「分かってくれたんだからいいよ」
アルトの言葉が終わるのを待たず、全体を包んでいた湯気が吸い込まれるように消えた骨が、カラカラと音を立ててその場に転がった。
「よし、じゃエルディ、これ砕け」
「ええぇえ、バチ当たったりしないー?」
「さっきこの人が砕けって言ってたよ?話ちゃんと聞いてた?」
「我々がきちんと供養すれば大丈夫ですよ」
しばらくエルディはそれなら自分の神ヒューレの神殿で供養するとごねていたが、この屋敷がザイア神殿の管轄下にあるという事と、元人族のヒューレに神格を与えたのがそのザイアであるという事で、ザイア神殿への報告と供養に渋々納得したらしかった。
ともかくエルディが巨大なモールを振るい粉々に砕いた骨と、レトが中身を確認したトランクを持ってまた2階へ上がる。あれほどたくさんいた鼠の影はもう一つも見えず、その気配さえほとんど感じ取れなくなっていた。
「あんたら、上手くやったみたいだな、さっきから頭の中の声は聞こえなくなったぜ!」
階段を上がった途端に人面鼠が勢い込んで話しかけてきたが、
「うん、でももう元には戻れないってさ」
「命令されなくなったなら、これからはただの鼠として平穏に生きていく事ですね」
「自業自得ね、悪い事するからバチ当たったのよ」
「もう諦めた方が楽になれると思うよ?」
全く容赦なく切り捨てた4人は、人面鼠の嘆く声を背に屋敷を後にした。
ふと思い出したように、庭に転がっていたボールをレトが拾い上げる。
「ま、もうそれほど危険な場所じゃないのかもしれないけどな」
こうして無事に依頼を果たした4人は、昨日と同じように酒場で夕食のテーブルを囲んでいた。
「ちょっとアルト、サラダばっかり食べてないでこっちのお肉食べてみれば?」
「エルディこそ少しは野菜も食べなよね?」
「まあいいんじゃないか、今日は祝いだし好きな物食えば」
「無事報酬も入りましたしねぇ」
バルニエの言葉にエルディがはたとフォークを止め、
「そうだっけ?あたしお財布空っぽだけど」
その反応に全員が深々と溜息をつく。
「どうせまた魔晶石に替えちまったんだろ」
「こないだ僕が貸した分は返してもらったからいいけどね」
「どうでもいいけど、今日の宿代くらいは残ってるんだろうな?」
「残ってる訳ないじゃないですか、だってエルディですよ」
「うん、残ってなーい!アルト、貸しといて!」
「何でまた僕ー!?」
賑やかな夜は、まだまだ続きそうである。
-了-
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