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2012年6月4日月曜日

呪われた屋敷・8

広間を横切り、反対側に見えている階段を目指す。ちょうど広間の真ん中辺りにさしかかった時だ。
ざわざわと波のようなさざめきが起こり、4人を包み込んだ。徐々に大きくなるそのざわめきが、今まで静かに後をついて来るだけだった鼠達の鳴き交わす声だと分かるまでにそれほどの時間はかからなかった。
ほぼ同時に、おびただしい数の鼠達が一斉に4人めがけて飛びかかって来た。まるで全ての鼠達が同じ意思を持っているかのように一糸乱れぬその動きは、靄で出来た巨大な鼠のようにも見えなくはない。
「こいつらっ…魔物かっ!」
「ただの鼠ではなさそうですね……」
アルトとエルディが悲鳴を上げるその横で、冷静に武器を構えながらレトとバルニエが目線を交わす。
バルニエは長剣に魔力を乗せ、横一文字に鼠の群を切り裂いた。
ほぼ同時にレトも長銃に魔力を込め、群の中心を狙って撃ち抜く。
何匹かの鼠達がなぎ払われ、吹き飛んだものの、群全体から見ればごくわずかな数にすぎない。残った鼠達は気に留める風もなくこちらへ向かって押し寄せて来る

「……キリがないですね」
「そうは言っても、何とかするしかないだろっ!」
「もう、何なのよこいつらっ!?」
「……分かった!『呪われた鼠』だ!」
頭を両手で抱え込んだまま、アルトが声をあげた。学者であるアルトの頭の中には様々な魔物の知識が入っている。勿論、実際に遭遇した訳ではなく知識としてしか知らない物の方が圧倒的に多いが、魔物の特徴や大体の強さの見当をつける事が出来る。
何らかの理由で呪われ、その強制力によって動く鼠の群は、集団で意思疎通を図り、例え何匹いようとあたかも一匹の生き物のように動く「群体」となっているらしい。つまり、何匹か倒したところで意味はない。群全てを倒すか、散り散りに追い払うか。
「何にしても、やっつければいいんでしょっ!?」
エルディもここぞとばかりに剣神の加護を祈り巨大なモールを振り回すが、やはり何匹かの鼠が散らされるだけで態勢に変化はない。
「全部やっつけなきゃいけないって事は……」
アルトは必死に素早く考えを巡らせた。武器による直接攻撃があまり効率的ではない今こそ、魔術師である自分がこの状況を打破しなければならない。気は焦るが選択を誤る訳にはいかない。かといってあまりぐずぐず迷っている暇もない。
悩みながらも一つの可能性を見いだしたアルトは早口に呪文を唱え始めた。選んだのは攻撃魔法の中でも、対象を選ぶ物ではなく広い範囲に影響を及ぼすものだった。
バチバチと火花が散り、鼠の群を包み込む。周囲の空間全てに影響を与えるアルトの魔法はかなりの効果があったようで、鼠の固まりが一回りほど縮んだように思われた。
しかし、ほっと一息つく間もなく、鼠達の群が4人の頭上からなだれ落ちるように覆いかぶさってくる無数に突き立てられる鋭い爪と牙はどうやっても避け切れるものではない。一匹一匹は非力な鼠とはいえ、その数に任せた攻撃はなかなか手痛く、それに晒され続ければ4人ともそう長くは保たないだろう。
エルディは反射的に隣にいた小柄なアルトを頭から抱え込んだ。頑丈な自分と違って魔術師のアルトは打たれ弱く、そしてその魔法だけが唯一多大なダメージを与えられるのだから、ここでアルトが倒れたら自分達に勝ち目はない。そこまでを一瞬で判断出来た訳ではなかったが、とっさに体が動いていたのだ。
その後もともかく武器を振るい、アルトは魔法で応戦し、全員傷だらけになりながらも何とか鼠達を散り散りに撃退する事に成功した。
「…何とか……なったな」
「鼠も…これだけいると脅威ですねぇ……」
辺りには無数の鼠達の死骸が転がり、自分達もひどく消耗している。
しかし息を整える暇さえなく、また部屋の隅や柱の影、天井の梁などにどこからともなくちらちらと鼠の影が走り始めた。今のところこちらに寄って来る訳ではない。しかし徐々に、だが確実に、その数は増えていっている。
「ま、またネズミ来たよっ…!」
「嘘ーっ、無理無理っ、もう無理っ!」
慌てふためくアルトとエルディ。
「ともかく、早くここを離れないと!」
レトの言葉に無言でうなずいたバルニエが急いで呪文を唱え、次々と皆の傷を治してゆく。それが終わるか終わらないかのうちには、もう誰からともなく階段に向かって走り始めていた。
そのまま幅の広い階段を全員で駆け上がる。上がり切ったところで振り返ってみると、階段の下に少しずつ鼠が集まり始めているのが目に入った。勿論2階にも鼠はいる。階段を上ってすぐ左は廊下が大きく膨らんで1階ホールに張り出したバルコニーのようになっており、見事な美術品が幾つも並べられているのだが、その足元にも鼠が潜んでいるのが見てとれた。
「うわ、こっちもだ……」
「このままじゃまたさっきのネズミお化けと戦う事になるよっ!」
一旦屋敷から逃げ出す、という選択肢もなくはない。しかし改めてもう一度来たところで同じ事になるだけだろう。
鼠達を動かしている呪いの元を断つ事が出来ればそれが一番いい。それが出来ないまでも、呪いの原因が何なのか特定出来れば対処の方法を探す事が出来るかもしれない。
4人はこのまま屋敷の調査を続行する事を決めた。しかし、時間をかけて隅々まで細かく調べている暇などない。自分達の後をついて来る鼠が一定以上の数になれば、また群体として強力な魔物に変化するだろう。そうなる前に何とかしなければ、自分達の方が保たない。
ともかく片端から調べていくか、何かもっと効率的な方法を探すか。
「あ、そうだ」
何か思いついたらしいレトが、自分の魔動機術に使う銀色の球体を一つつかんで目の前に持って来る。
「とりあえず、魔力反応がどこにあるか見てみよう。そうすりゃ調べる場所もある程度絞れるからな」
言いながらレトは頭をかいて苦笑する。
「よく考えりゃ、それ始めっからやっときゃ良かったんだよな」
周囲の魔力反応、といってもレトの魔法は視界内だけではなくかなり広範囲をカバーする事が出来るので、屋敷の敷地内全体ぐらいはゆうに調べる事が出来たのである。
「まあその時は思い至らなかったんだから仕方ないでしょう。今思いついたのだから良しとしましょう」
「ん、そうだな」
バルニエの言葉に軽くうなずいたレトが短くキーワードを口にすると、球体の表面に幾つもの輝く点が浮かび上がった。

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